【生産のその先】石巻魚市場に行こう!

【生産のその先】石巻魚市場に行こう!

陽のまだ昇らない夜中に港を出て、漁を終えた船が夜明けとともに戻ってきます。
港はいつでも準備万端。

漁師たちが命がけで水揚げした魚は、このあとどのようにして消費者のもとに届くのでしょうか。

車の窓も凍結しはじめた11月の早朝、石巻魚市場(石巻市水産物地方卸売市場)へ大人の社会見学へ行ってきました。

 

午前3時、出勤

空が青から茜色に少しずつ色を変える中、浮かびあがった巨大なシルエット。
「石巻市水産物地方卸売市場」の文字がクッキリ白く。

漁師の朝はもちろん早いですが、彼らが獲ってくる魚を受け入れる魚市場の職員も、午前3時には出勤。慌ただしくセリや入札の準備をはじめています。

案内してくれたのは石巻市水産物地方卸売市場管理事務所所長・齋藤俊和さん。
プライベートでも築地市場に行ったり、お子さんを魚市場に連れてきたりと、魚市場愛に溢れています。

魚市場の開設者は自治体であるため、石巻魚市場の場合は石巻市が開設者であり管理者。齋藤さんは、実は石巻市産業部水産課の職員です。
市場の管理とは別に、市から魚市場の運営の一切を任されているのが「石巻魚市場 株式会社」になります。

セリがはじまる午前6時。
魚市場2階の見学ロビーからガラス越しに下を覗くと、トロ箱と呼ばれる青いケースに入ったいろんな魚が、きれいに整理され並べられていました。

世界三大漁場のひとつ、三陸・金華山沖を漁場にもつ石巻で水揚げされる魚は、カツオやマグロといった高級魚ではなく、イワシやサバ、タラなど加工用の魚が多く集まっています。全国的にも昨年実績で取扱量は第5位、取扱金額も第9位と、良港の多い宮城県内でもトップの取扱高です(平成31年全国主要漁港取扱高)。

「石巻魚市場のキャッチフレーズは『24時間眠らない魚市場』。定置網や底引き網、旋き網(まきあみ)など、さまざまな漁法で水揚げされる魚の種類は年間200種を超えます。そのほかにカキやホタテ、ギンザケなど沿岸の養殖業も盛んです。魚市場職員は午前3時に出勤し、多少延びることはありますが正午まで勤務。市場自体はその後も旋き網や底引き網などの水揚げもあるので24時間眠らないと言われる所以です」

えっ?! 魚市場といえば朝のイメージがありました。

 

妙なるセリの駆け引き

「活魚や鮮魚で出荷するものはセリ、加工物の原料となるイワシ、サバ、ギンザケ、カツオなどは量が多いので入札。入札はベルを鳴らして開始を知らせ、1分もしないうちに締め切り、開票します。あちらで活魚のセリがはじまったようです。移動しましょう」

齋藤所長にうながされて、陸送・活魚ゾーンに移動。
すでにセリがはじまっています。

産地市場ではそれぞれ魚種や大きさごとに仕分けされ、セリや入札が行われます。セリは、市場が最も活気づくとき。買受人が細かな指の動きで金額を示し、それを瞬時に読み取るのはまさに神業。

「ここでは、赤い帽子が魚市場関係者のセリ人。緑の帽子が買受人関係者、産地仲買人です。世代交代した若い買受人がセリ人の掛け声を聞き取れなくて買えないということもあったので、ずいぶんとゆっくりで聞き取りやすくなりましたよ。セリ人は日々、ほかの市場の相場や情報を見て勉強が欠かせません」

セリ人は独特な節回しで魚の名前と値段を言っているようですが、なんとなく知った魚の名前が出てくるものの、素人には何を言っているのかさっぱりわからず……。時折会話をするものの、基本的に声を出すのはセリ人だけなので競っている感じはありませんし、金額はすべて指の形で示していきます。

しかも出し方もさまざま。
腕を組んだままチョコッと指だけ出して人もいるし、中には頷いているだけの人も。それでもどうやらセリ人に伝わってはいるようで、セリは流れるように進んでいきます。


高度衛生管理型の魚市場を目指して

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、当時東洋一と言われていた全長654mの石巻魚市場の水揚棟は完全に崩壊しました。

完全復活を遂げるまで果たしてどれくらいの月日が必要なのか……
誰にも検討がつかない中、魚市場の再開を目指し、職員はひたすら泥かきや瓦礫の撤去を行い続けました。
その4ヶ月後、仮設テントで市場が再開。

そして震災から4年後の2015年9月1日に、新しい魚市場が完成しました。

新しい石巻魚市場は、高度衛生管理型の閉鎖式水揚施設。その全長は約880m!
復興のシンボルとして、そして新たな時代を見据え、生まれ変わったのです。

魚市場といえば、屋根があるだけでよく言えば開放的、悪く言えば吹きっさらしの場所という印象がありますが、そんな魚市場のイメージを払拭するのが石巻魚市場。

市場への入退室は常に管理され、検温、手指の消毒、長靴の着用・消毒をしなければ入場できず、フォークリフトは排ガスの出ない電動、岸壁への入場トラックは、減菌自動洗車場を通過しなければ入場できません。

ほかにも衛生面での取り組みとして、市場内へ鳥が立ち入らないようネットを設置したり、屋上に設置したスピーカーからは忌避音声が流れるようになっています。


また、明確で迅速な海産物の取り扱いを可能にするためのゾーニングも完璧です。
漁船の種類ごとに水揚げゾーンを区分けし、市場は岸壁から陸揚げエリア、選別エリア、陳列・販売エリア、出荷エリアとさらに区分けがされています。

これらの高度な衛生管理対策は、水産庁が策定する漁港における衛生管理基準において最高レベルである「レベル3」に位置付けられています。全国で約2,880ある漁港のうち、卸売市場に隣接する漁港が約150。そのうち、レベル3に相当するのは15漁港程度(令和元年度・水産庁調べ)ということなので、全国から見てもトップクラスの衛生管理のもと魚の取り扱いが行われているといっても過言ではありません。

 

魚町の中心で安全を叫ぶ

石巻魚市場があるのが、石巻市魚町。
「魚町」という名前の通り、59社の水産加工・卸業者がこのエリアに会社を構えています。

そんな魚町でも衛生管理が進んでおり、市場や加工場で使われた水は町に張り巡らされた汚水管で集められ、多くの工程を経て濾過。再び川に流すという、循環型の水産業を可能にしているのだそうです。

魚市場においては、消費者が気にする放射能検査も万全にしています。
大量に海産物を扱う石巻魚市場では鮮魚を丸魚のままコンベアに載せるだけで測定できる自動選別検査機や箱のまま計れる機械も導入。さらに精密な検査には1キロのミンチをつくって筒状の容器に入れ、シンチレーション検出器で検査を行い、安心・安全な魚の提供に努めています。

「仕組みはがん検査のPET検査と同様で、1時間あたり1000検体を扱える性能をもっています。加工屋さんや漁師さんからの委託で検体をすることもあります」

 

愛される魚市場へ

石巻魚市場株式会社の佐々木茂樹社長は市場の役割についてこのように語ります。

「利害が相反する生産者は少しでも高く、買受人は少しでも安くという考えの中で、市場はまさにその仲介役であり、お互いの利益をどう配分するのか調整する行司役となります。各職員には、公正公明な販売を常に心がけるように指導しています」

全長約880mの巨大な魚市場を取り仕切る職員は、45名。
厳しい状況の中でも毎年新入社員として複数名は採用するようにしていると言います。

「若い人は頭の回転が早く柔軟性があるので、新しいことにも挑戦しようとする姿勢が見られます。例えば今後、A Iも駆使しながら市場の合理化や改善を図っていく動きも出るかもしれない。新しいことに挑戦する若い世代が、これから産地市場にも必要になってくると思います」

まもなく東日本大震災から10年。
石巻魚市場での水揚げ量は約8割回復、水揚げ額は震災前を上回る勢いを見せています。

佐々木社長に、この10年で一番印象に残っている出来事は?と尋ねてみました。

「3月11日の震災から4ヶ月中断して、7月12日に少しですが鮮魚を販売できたときですかね。魚が並んでいるのを見て、こんなに嬉しいと思ったことはありませんでした。やっぱり魚は我々にとってすべての恵みを与えてくれるのだと実感しましたね」

(2014年7月仮設の建物でセリを行っていた時の様子)

「私が社長になってから1年半、職員には目配り気配り心配りを常に心がけて、愛される魚市場づくりをしましょうと言っています。生産者からも石巻に魚を持っていきたい、買受人もあの市場で魚を買ってみたいなと思われるようにしないと、そこが一番基本だから。それが少しずつ浸透していけば力になると思います」

天候に左右され、水揚げの多い日や少ない日もある水産業。

魚市場は、海産物の取引の場であるとともに、海産物の現状を私たち消費者に伝える情報発信拠点としての役割も担っているよのかもしれません。

魚市場見学の帰り道。
お昼ご飯を物色しに地元のスーパーに寄ると、朝に買受人がセリ落とした魚が
店頭に並んでいました。
いつもお店で見るパック詰めされた魚たちも、さらにみずみずしく新鮮に感じられます。

水産業の街のシンボルとして。そして私たちに海産物を届ける大事な橋渡しとして、あかりを灯し続ける石巻魚市場。

あなたもぜひ一度、見学してみませんか?

魚市場見学の申し込みはこちらから▶︎http://www.isiuo.co.jp/Top/tour/

(文=藤川典良/編集=高橋由季/写真=Funny!!平井慶祐、高橋由季)
※取材・撮影は2020年11月に行いました。
※一部過去に撮影したものを使用しています。

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