まずは相談。そこから出すぎた杭になれ。 人材不足に陥るこれからの時代にあった漁師の働き方。

まずは相談。そこから出すぎた杭になれ。 人材不足に陥るこれからの時代にあった漁師の働き方。

みなさん、水産業にどのようなイメージをお持ちでしょうか。

いろいろなイメージがあるとは思いますが、かっこいい職業だと思う一方で、古くからの慣習も多く、新しいことが受け入れられにくいというイメージも持っているのではないでしょうか。

それはある程度事実なのかもしれません。新しく漁村に入ってきた若者が、自分で販路開拓したり、従来と違うことをしたりすると、周りから反対されることもあります。「若い奴がまた勝手なことやって」と。

そんな水産業の世界で、異業種の方と連携したり、独自で販路開拓してみたりと、新しいことに挑戦し続けている漁師がいます。宮城県気仙沼市唐桑で漁業を営む小野寺庄一さん(46)です。

庄一さんは福祉施設で10年以上働いた後、漁師になったという変わり種。そんな庄一さんに漁師のあり方についてインタビューしてきました。これからの時代、漁師にどんな働き方が求められるのか。特に若者はどんな姿勢で漁業と向き合えばいいのかを庄一さんにお聞きしました。

養殖から漁船漁業まで。福祉から漁業の道へ。

まずは庄一さんの紹介から。庄一さんは、ワカメ・メカブ養殖や定置網漁、突きん棒漁など年間通して複数の漁業を営んでいます。

①ワカメ・メカブ養殖

1月から5月でワカメ・メカブの収穫と出荷を行います。メカブの出荷方法は3パターンあります。そのまま出荷、削いで出荷、千切りにしたメカブを「春つげ華めかぶ」としてパックして販売、の三つです。ワカメはボイル後、塩蔵して出荷します。10月から12月は種はさみという、2.5センチほどに切ったワカメの種をロープに挟む作業があります。

②突きん棒漁

7月から8月のみ行う漁船漁業。北海道沖まで船を出し、長さ5メートルのモリで、1匹100~200キロもあるメカジキを突いて獲ります。メカジキの価格は高いときで、20万円ほど。

③小型定置網

操業は5月から10月まで。海の中に網を設置して、魚を獲る「待ち」の漁法。主にカツオ船の餌となるマイワシやカタクチイワシを漁獲します。

これらの他にも、ヤリイカの販路開拓を行ったりもしています。

本当に多くの種類の漁業をやられていますよね。しかし、庄一さん、初めから漁師だったわけではありません。福祉施設に10年以上務め、35歳の時、漁師に転職。叔父さんが突きん棒漁を営んでいたこともあり、突きん棒漁から漁師生活をスタートさせ、そこから漁の種類を増やしていきました。

まずは相談。そして人の話をよく聞く

では、なぜ閉鎖的とも言われがちな環境で、漁場を拡大し、新しい漁業に挑戦することができたのでしょうか。

「まずは人に相談してみるってのがよかったんじゃないかな。やりたいことやできそうなことがあったら、まずは話してみて、その人の意見を聞いてみる。有益な情報を教えてくれるかもしれないし、力を貸してくれるかもしれない」

自分が漁師になると決めた時も、漁場が増えると決まった時も。漁師として働く中での転機には、必ず「人に相談する」ことがありました。

庄一さんは、小さい頃から叔父さんの手伝いをしたり、自ら漁船を買って釣りに出かけたりするほど、海と魚が大好き。そんな庄一さんが転職して漁師になると決めた裏には、同級生の存在があると話します。

「漁師をやりたいと思っていたから、2009年の夏、会社の有給をとって叔父さんの船に乗ったのさ。水揚げで北海道の港に入ったとき、偶然同級生に会ったの。『実は漁師をやりたいんだ』と相談すると、お前が本気なら俺も手伝うと応援してくれて。

翌年から一緒に船に乗り、『下回り』というメカジキの解体とか、突きん棒漁で必要な技術を全て教えてもらった。いつも、俺がいなくなってもできるようになれよと言われてたよ。あいつがいなければ、漁師を続けられていたかわかんない、本当に」

人への相談は、庄一さんが養殖を始めるタイミングにも。養殖は新規の人が始めるのがとても難しい漁業です。それは、これまで他の漁師が使っていた漁場を分けてもらう必要があるからです。

そこで、庄一さんは、地域の漁師のところへ、漁場を少し分けてほしいと直談判しにいきました。すると、養殖にチャレンジしたいという心意気を見込んで、たまたま漁場を譲ってくれた人がいたのです。

▲黒い玉が浮いているの箇所が、筏のある場所。漁師ごとに漁場が割り振られる。

 

「善意で漁場を譲ってくれたんだろうね。若い人の挑戦に寛容だったということもあるな。200メートルのワカメの筏を3本譲ってくれて。初めて自分で種をつけて養殖することができた。

でも、次の年、東日本大震災が起きて、津波で全てが流された。もちろん漁師をやめるという選択肢もあったけど、やると決めたらからには本気でやりたくて。震災後、漁師をやめていく人も多かったから、やる気あるならやったらって言ってくれる人もいて、自分で使える漁場が増えていったんだよね」

まずは人に相談してみる。そして人の意見をよく聞いてから、動く。庄一さんのその姿勢が、周りの人に恵まれるきっかけ作っているのかもしれません。

「俺、ふざけているようにして、実は相談して、人の話をよく聞いてるんだよ。自分一人で全部やるって言ったって無理。仲間とタッグを組まないと、新しいことなんてできないよ」

(その話を聞いていた奥さんは苦笑い。「あなた、人の話をそんなに聞いてないじゃない!」というツッコミが入りました笑。)

誰もが、人手不足に陥る未来がやってくる

そうは言っても、庄一さんも、自分一人でやろうとしていた時期がありました。

「ワカメ養殖の筏に種をつける作業があるんだけど、先輩たちは種をつける間隔を60センチとか、70センチって決めていたんだね。俺が始める時も、本当はみんなに相談すればよかったんだけど、間隔を30センチにしたら一人大金持ちになれるんじゃないかって思ったの。でもダメだった。潮がうまく回っていかないとかで、ワカメが育っていかないんだよね」

それからは、周りの漁師の意見を聞きながら、参考になる部分を自分の漁業に取り入れていきました。そしてこれからは、一人でやるのではなく、周りを巻き込んでいく力がどんどん必要になる、と続けます。

「これからどの漁師にも共通するのは人が足りないということ。だから、人を集める方法を工夫するか、人が減っているという実情に合わせて漁業をやらないといけない」

そこで、庄一さんは、海の働き方改革や漁師人材のシェアを進めようとしています。普通、漁師の休みは天候次第で、不定期。しかし、これは今の人の働き方に合っていないのではと考え、土日休みをとれる漁師制度を作ろうとしています。

また、漁師と他の仕事の副業人材であったり、一人の親方につくのではなく、複数の親方のもとに弟子入りし、繁忙期ごとに浜を移動する漁師の募集も構想中です。

今はまだ庄一さんたちの親世代がいるので、苦境を凌げるかもしれません。でも、10年後の未来を考えたとき、今から周りの人を巻き込めるような仕組みづくりをしておかないといけないと話してくれました。

出る杭ではなく、出すぎた杭に。

高齢化。担い手不足。漁業が抱える問題は明らかです。だからこそ、漁業には変化が必要とされているのですが、昔からの慣習があったりと、変化を好まない人がいることもまた事実です。

「水産業は本当に独特だからね。ちょっと話の進め方を間違うと反対が起きる。最初の頃は俺も素人だから、何か新しいことやるってなると文句言われたりもしたね。でも、もう次の世代にバトンタッチしていく時期だし、みんなこのままじゃいけないという危機感は共有しているよ」

庄一さんはこれから漁師として働く若者にこう呼びかけます。

「出る杭は打たれるっていうけれど、杭が飛び抜けて出れば、打たれることもなく、抜けることもない。そういう人が集まって漁村を変えていければいいなって思う。

土日休みの漁師でも、複数の親方を持つ漁師でも、副業の漁師でも、全部ありえる。だから次会う時、俺は漁師っぽくない仕事もしているかもね。今は漁師と関わりのない人にも、朝30分だけ網あげるの手伝ってくれっていえるような未来が作れたらいいね」

▲庄一さんのもとには、海とは関わりのなかった人たちも手伝いにきている。

漁師も新しい時代に適応していくことが求められているのかもしれません。これまでの伝統を蔑ろにするのではなく、相談し、漁村に適応しながら変化をもたらす。その姿勢が新しい挑戦を支えているのかもしれません。

気仙沼ではあなたの漁師としての挑戦をお待ちしています。

水産業の未来をつくろう。一緒に。

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