新人漁師が続々誕生! 山口県の秘密に迫る。

新人漁師が続々誕生! 山口県の秘密に迫る。


日本各地でいま、水産業の担い手不足や高齢化が深刻な問題となっています。水産資源の減少、魚価の低迷、食卓の魚離れ、職業の多様化等。漁師が減っている理由はひとつではありませんが、沿岸漁業においては「漁家の減少」すなわち漁師を継ぐ後継者が途絶えてきていることが、直接漁師の数にも影響しています。

この状況を深刻に捉え、全国でいち早く水産業の担い手確保・育成に取り組んだ県があります。本州の最西端に位置し、日本海、響灘、瀬戸内海と3つの海に開かれ、豊かな水産資源に恵まれた山口県です。

山口県は98%が個人経営体。乗組員を要する大きな漁船や養殖業の割合はひと握りで、ほとんどの漁業者が自分の船を持ち、ひとりで操業する昔ながらの漁業スタイル(独立型漁業)です。昭和58年(1983年)には約1.8万人いた漁業者も、平成30年(2018年)の最新の統計では、約3,900名までに減少。高齢化率は約58%で全国2位となり、二人のうちひとりが65歳以上という状態です。 

この状況を打破するため、山口県では施策を打ち出しました。
平成10年(1998年)から県独自で、市町、漁協と手を取り、漁業の技術習得ができる長期漁業技術研修などの担い手確保と育成に向けた事業を行い、その結果、毎年30名以上の若手漁師が誕生。驚くべきは、この20年間で約180名もの独立型漁業の担い手を育ててきたということ。新規漁業就業者が自分で船を持ち、操業を行うという事例がまだ少ない中で、全国でもトップクラスと呼べる数です。

「山口県では『担い手支援日本一』というフレーズを掲げ、募集の段階から定着まで一貫して支援体制を整備しています」

「日本一と自負している」と、語気を強めてお話してくださったのは、山口県農林水産部水産振興課の桑迫さん 。担い手事業の担当者となって3年目。20年以上受け継がれる県の肝入り事業に関わるようになり、大きなプレッシャーを感じる一方で、誇りに感じていることもあるそう。

「地元の漁師さんたちも、浜に20代、30代の若者がいないことに非常に危機感を抱いていて、今までに何人も研修を受け入れたという方もいますし、本気で漁業に就業したいという思いを持ってやってきた方のお手伝いができることは非常に誇らしいです。この20年の間に研修生として入った人が指導者となって、今度は研修生を受け入れる立場になるといった良い循環も生まれてきています 。担い手育成事業を通して、その方たちの人生をすぐそばで見ているという楽しみもありますね

もちろん、最初からこの事業がうまくいっていたわけではありません。
イメージと違ったと辞めてしまう人が少しでも減るようにと、長期漁業研修に入る前に短期研修(漁業体験)を挟んだり、独立後のサポートを手厚くするなど、体制の見直しや充実化を図ってきました。

独立後も新人漁師をしっかりサポート。
就業率は驚きの75%超!


ここで、「日本一」を謳う山口県の就業支援サポートの流れを紹介します。
乗組員として働く雇用型漁業の受け入れパターンももちろんありますが、全国的にもまだまだ事例が少ない独立型漁業(オーナー漁師)の受け入れパターンに絞って見てみましょう。

まず入口となるのが、県独自で行う「山口県漁業就業支援フェア」です。
研修生を受け入れ、漁業技術を伝えたい漁業者と漁師になりたいひと(漁業就業希望者)が面談をし、マッチングすれば次の短期研修に進むことができます。この就業フェアには多い年は50名を超える人が参加するそうです。

短期研修では、就業フェアでマッチングした漁師のもとで実際に長期漁業研修中に習う漁業の体験を行い、やっていけそうかどうかを判断します。ミスマッチをなくすため、マッチングした漁師数名のもとをまわって、研修先を決めるひともいます。山口県漁業協同組合の中には「山口県漁業就業者確保育成センター」があり、漁業の知識に長けた漁協や山口県庁OBが「漁業就業推進コーディネーター」を勤めています。

知り合いのいない土地に飛び込む不安を緩和してくれる大切な役割を担うのが各地域の漁協職員。家探しを手伝ってくれたり、生活の相談にも乗ってくれることもあるのだとか。研修生の居住環境の整備の一環として漁協が空き家等を改修して研修生に貸し出す場合は、県、市町、漁協が最大で100万円ずつ改修費の補助をするという事業もあります。

ほかにも小型船舶免許などの資格取得の助成金が受けられたり、漁船・漁具等のリースにかかる費用の補助を研修開始して1年後から受けられるなど、独立・定着に向けたさまざまな支援事業があります。

そのなかでも最大の特徴と言えるのが、独立後3年間に渡って給付金を受けられる制度。1年目は150万円/年、2年目は120万円/年、3年目は90万円/年と、総額360万円が支給されます。独立したとしても、すぐに思うような漁獲をあげられるとは限りませんので、これは長期漁業研修を終えて間もない新人漁師にとっては嬉しいサポートです。

このような手厚いサポートに魅力を感じたというひとりが、5年前に奈良県から家族で移住し、山口県の瀬戸内海側、防府市にある向島地区で小型機船底びき網漁業(以下:小型底びき網漁業)を営む小林健児さん(40歳)。

いつか一次産業に従事したいという思いから、高知県や和歌山県など他県にも足を運ぶ中で、山口県の漁業就業支援の制度のことを知ったそうです。

「漁師になるにあたって不安しかなかったですけど、山口県の手厚い支援制度を知って、なんとか形にはなるだろうと」

山口県で漁師になった若者の話

よく日焼けした顔に、人懐っこい笑顔。今ではすっかり「浜の漁師」となった小林さんが、山口県の就業フェアに訪れたのは2016年の夏。フェアでは県内数カ所の地区から声が掛かり、それぞれの漁師のもとで短期研修を行いました。

「正直、フェアは机の上だけの話だったので、何を話したかあまり覚えてなくて。海なし県出身の自分にとって漁業の仕事はわからないことだらけ。短期研修での体験がとにかく強烈でした。一番印象的だったのが、とある地区で『さぁ今晩出てみるか』と一緒に船に乗ったんですけど、そしたら魚が1匹もかからなかった。親方も首を傾げてましたね(苦笑)。プロでもこういう日がある。漁業の厳しさというのも、身に染みて教えていただきました」

刺網、蛸つぼ、ごち網、マンガン漁。いろんな漁法を経験させてもらう中で、防府市向島地区で小型底びき網漁業を操業している漁師のもとに長期漁業技術研修の受け入れをお願いすることに。決め手は、住環境と漁獲量でした。

「師匠本人いわく、タイミングが良かっただけとおっしゃるんですけど、ハモなどの魚が飛び跳ねるぐらい、本当に大漁だったんですよ。自分も所帯を持っているので、これは家族との生活が成り立つぞと手応えをつかんだというか。漁師って博打みたいなイメージがあったんですけど、そういう漁法だけじゃなくて、確実性みたいなものがあっていいなと」

かくして研修生として受け入れてもらえるようになった小林さん。正式にお願いをするため、スーツに身を包み、ネクタイを締め、緊張しながら師匠をご自宅に迎えた日のことは、生涯忘れられないと言います。

「家で食事をしようと師匠を自宅にお誘いしたんですが、正装をして、きちんとご挨拶しようと思って。『これからよろしくお願いします』と頭を下げたんですね。そしたら、『これからお前を息子だと思って接していく』と言ってくださって、お互いに感激してしまって……。何年経ってもずっとその言葉通りに、息子のように接してくださって、家族ぐるみでお付き合いしてくださっています。初志貫徹というか、全然変わらない。本当にあのときの言葉に、勇気づけられました」

今でも仕事終わりには大好きなお酒を飲み交わすこともあるという二人。小林さんは、心からの親しみを込めて、親方を「ボス」と呼んでいるそうです。

「いつも誰かのお世話をしている。困っている人を見たら放って置けない。そんなボスを今も変わらずに尊敬しています」

普段こんなこと言わないですけどね、と照れながら話す小林さん。
感謝の想いは、ボスの名前から一文字とって名付けられた「満漁丸」という船の名前にも込められています。

ボスや向島地区の漁師のもとでの2年半の長期漁業技術研修を終え、小林さんは2019年に独立。独立後3年間に渡って支給される給付金制度は、漁獲量に不安を抱えていた小林さんにとっては心強い後ろ盾となりました。3年間の給付金も今年が最後の年。「思ったよりも獲れるようになった、もう大丈夫」という自信も芽生えたそう。

「漁師はやり方ひとつで稼げる。自分はまだまだ下手ですけど、伸び代があると思って頑張れます」

向島地区に移り住んで5年。今ではボスとも競い合うほど頭角を現しはじめました。新たにお子さんも2人誕生し、向島地区での暮らしもますます賑やかになってきてるそうです。

山口県で若者を迎え入れた漁師の話

さて今度は、小林さんが「ボス」と慕う師匠・河内山満政(こうちやま・みちまさ)さんのお話。河内山さんは、瀬戸内海に面する向島地区で生まれ育ち、小型底びき網漁業を営むこの道38年の大ベテランです。  

かつては漁業で栄えた向島地区も、今では漁師は40名程度。平均年齢は60〜70歳と、今年60歳になった河内山さんでも「若いほう」だと言います。 子供の頃から漁師である父の背中を見て育ったという河内山さん。気がつけばもう、自分たちの背中を見つめる若者の姿が見当たりません。

「このままでは、年寄りの漁師しかいなくなる」

そんなときに山口県での受け入れ制度のことを知り、4名の研修生を受け入れてきました。しかし残念ながらそのうち2人は研修期間中にリタイヤ。 どんなに一生懸命教えても、最後は本人のやる気次第。そればかりはどうしようもありません。河内山さん自身も、人に教える難しさを感じたそうです。  

「自分の子供でも言うこときかんのに、言うことをきかさなあかん。親方として、一歩下がってものを言わないけんし、一つひとつに対して怒ってもいけんわけ。はじめは距離感もつかめなかった」

3人目となる研修生の小林さんは、就業フェアで会ったときから「この子はいい」と思っていたそう。漁師の直感は、研修を通して確信に変わりました。

「見ちょったらわかる。網仕事にしても一生懸命。この子はやる気があるって、周りも言ってくれるもんね」 

自分の息子と思って育てながら、周囲の漁師仲間にも「よそもんとかなしに、この地域で育つ人間だと思って、よいしょよいしょって、盛り上げてくれ」と言い続けました。

その結果、島の漁師がひとり増えるというメリットだけでなく、小林さんを受け入れたことによって島全体が明るくなったのだとか。

「自然と若いもんとこに集まるもんね。ああじゃねぇ、こうじゃねぇって教えながらみんなで話して。自分も気持ちが若返ったというか、明るくなった。気持ちだけの問題じゃなくて、この向島地区で育つ子供たちも増えたからね」

今では小林さんを含め、向島地区には8人もの新人漁師が誕生。純粋に考えて若い漁師が育つということは、体力のある若いライバルが増えるということ。複雑な気持ちもあるのではないのでしょうか……?

「一人ひとりがライバルやけど、ライバルがいなければ活性化しない。小林がわしよりも獲る日もあるのよ。そうすると、負けちゃいかんと自分も焦る。自然と若いもんには負けられんという気持ちが芽生えて、また頑張れる」

「若いひとから刺激をもらうからいいんだ」と楽しそうに語る河内山さん。こうして聞いているといいことづくしのように感じますが、ひとつだけ困っていることがあるそうです。

(師弟の絆を表すかのように、がっしりと船が繋がれている。向かって左が新人漁師・小林さんの船)

「指導する間一緒に働くわけやけど、誰かと働くこと自体が初めての経験。本来はひとりでやるもんやから、誰かと働くと今度はひとりになったときに働くのが辛くてね。この間久しぶりにひとりで漁に出て、こんだけ汗をかくもんかとびっくりした(苦笑)」

そろそろひとりで操業する体に戻したいんやけども……と苦笑いをしながら、現在も1月に独立する予定の研修生を指導中。そして次の研修生の受け入れも決まっているのだとか。きっと漁師になりたいと思っている若者を放っておけない性分なのでしょう。教え子が「ボス」と呼びたくなるのも、なんだか頷けます。

すっかり“親方沼”にハマってしまった河内山さん。「いつか若い人たちが力をつけて、この向島地区を引っ張っていく存在になればそれでいいんだ」と、自分に言い聞かせ、若者を指導し続けています。

ひとの「思い」が、ひとを育てる。
そしてまた、新しい漁師が生まれる。

最後に新人漁師の小林さんへ、これからの夢を尋ねてみました。

「漁師として腕を上げていくのはもちろんですが、自分は海のない県からやってきて、師匠をはじめ、山口県内の漁業関係者のみなさんにゼロから育ててもらいました。魚を獲る楽しさも、厳しさも教えてもらった。これからは恩返しというか、魚食普及であったり、これからの若い世代が『漁師になりたい!』と思えるように尽力していきたいと思っています。それが、僕が山口県にできる恩返しです」

(小林さんが「ねぇね」と慕う山口県漁協吉佐支店長の德冨さん。家探しから一緒に走り回ってくれた)

県と市町と漁協が手を取り合ってはじめた担い手事業。
たくさんのひとの「思い」が、着実に新しいひとを育て、そのひとたちが思いをつなぎ、また新たな種をまこうとしています。

新人漁師を育て続ける山口県の秘密。
成功の秘訣は漁業就業支援制度があったからというだけではなく、誰かの「思い」が詰まっているからこそ。

もし、自分の腕一本で漁師になりたいと思っている人がいたら。
本州の西の端っこ、山口県を訪れてみてください。

そこにはたくさんの新人漁師の誕生の物語があります。
そして、新しい物語の主人公となるのは、あなたかもしれません。

▶︎山口県の漁業就業支援制度の詳細はこちらから
山口県漁業就業者確保育成センター

(文・写真=高橋由季、研修写真=山口県農林水産部水産振興課)
※取材は2021年9〜12月に行いました。

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