歌が繋ぐ一本の道。「漁師の引退式」を行った、ある家族の物語

歌が繋ぐ一本の道。「漁師の引退式」を行った、ある家族の物語

みなさんは、「漁師の引退式」という言葉を聞いたことがありますか?
初めて耳にする人もいるかもしれません。
それもそのはず。
そんな風習は、日本全国どの海にもないからです。

会社に属さない漁師たちには、定年がありません。
生涯現役を貫く漁師、世代交代をして身を引く漁師。

いつまでも現役でいられたらそれは素晴らしいことですが、やはり人の気力・体力には限界があり、どんなベテラン漁師にも最後のときがやってきます。

ここに、ある家族の写真があります。

宮城県石巻市渡波で70年に渡って漁業を営んできた、佐々木力(ささき・ちから)さんのささやかな「引退式」の写真です。

体調がすぐれず、昨年引退を決意したお父さん。
お嫁に来て以来、お父さんを支え続けてきたお母さん。
雨の日も、風の日も、凍える雪の日も。
二人三脚で寄り添う姿を、息子、娘たちはずっと見てきました。

「うちの父ちゃんが元気なうちに、みんなで写真を撮ってもらおうかと思って。ほら漁師の格好してさ」

そんな娘さんの想いから生まれたのが、「漁師の引退式」です。

「漁師の引退式」

初めて聞くその言葉に惹かれ、佐々木家にやってきたのは、歌手の鳥羽一郎さん。
漁師一家に生まれ、自身も5年ほど遠洋マグロ・カツオ船に乗った経験を持つ、言わずと知れた海の男です。

「鳥羽一郎さんって、あの鳥羽さん? あの鳥羽さんがうちに来るの? えーっ! どうしよう!」

演歌界・そして漁業界のレジェンドがやって来るということで、佐々木家はもう大パニックです。

1982年8月25日に「兄弟船」でデビューした鳥羽さんは、今年1年間を40周年記念イヤーと位置付け、感謝の思いを伝えたいと精力的に活動をしています。
鳥羽さんは、一介の船乗りだった経験からか、あるいは港町に生まれたDNAがそうさせるのか。海にまつわるお話には人一倍敏感です。

「漁師の引退式だなんて、僕はじめて聞きましたよ。これは誰の発想なんですか?」

鳥羽さんの問いに、いたずらっぽい笑みを浮かべる佐々木家のみなさん。
その視線の先には、カメラを持った一人の男性がいました。

震災を機に石巻に移住し、このまちの人たちの姿や、日常のささいな幸せを撮り続ける写真家・平井慶祐さんです。

力さんのシャコ漁や焼きハゼづくりなど撮影をさせてもらっていた経緯もあり、ふたつ返事で家族からの依頼を引き受けました。

「漁師といえば、大漁旗を掲げて華々しく祝う進水式(新しく造った船を海におろす式)があるけど、引退するときは何もセレモニーがないんですよね。もちろん生涯現役という人もいるけど、もしかしたら寂しさと正面から向き合わないように、あえて区切りをつけようとしないのかもしれない。漁師は照れ屋が多いし、不器用な人が多いですからね。でも本人にとっても、家族にとってもやっぱり区切りって大切かもしれないと思って。いつもの船着場で、家族に囲まれての引退式というのを思いついたんです」

ところが力さん。
「船でみんなで写真を撮るからね」と何度も伝えていたはずなのに、なんと撮影の1週間前に船を手放してしまったのだそう。辞めると決めたらすぐに動かないと気が済まない。せっかちな漁師の気質なのでしょう。

「あれだけ船使うからねって言ってたのに、『あげちゃった』って言うんですよ。それもタダで。えーっ!!て、みんなでひっくり返りましたよ(笑)」

鳥羽さんもこれには苦笑い。娘さんは言います。

「手元に船があると、海に行きたくなるんでしょうね。結局、名前もわからない人に船を譲ってしまって。船がなくなっても、岸壁に吊るしたカゴでタコを獲ってみんなに配ったりして、最後の最後まで漁師でしたね」

そして迎えた引退式。
船は地元の漁師が出してくれることになり、子供たち、孫たち家族が勢揃い。家族から心のこもった感謝のメッセージや花束が贈られ、70年に渡る力さんの漁師人生が労われました。

▶︎「漁師の引退式」の様子はこちら

<みなさんにお祝いをいただきまして、本当にありがとうございます。佐々木家の中で一番の長生きをさせていただいております。みなさんのお陰と感謝しております。本当に今日はありがとうございました〉

真っ直ぐにその道を歩んできた、ひとりの漁師の「引退式」は、家族にとっても忘れられないものになりました。

ああ 道にはてたし 一本道を
よくぞこここまで歩いてきたと
自分のことも ほめたてやりたい
いつか必ず この来た道に
かかと揃えて おじぎをします

これは、鳥羽さんの40周年記念ソングでもある『一本道の唄』の一節です。
漁師としてまっすぐ、ひたむきにその一本の道を生きてきた力さん。
力さんとこの曲を聴きながら語り合えたら、どんなによかったでしょうか。

力さんは、この「漁師の引退式」を行った5ヶ月後。
静かにこの世を去りました。

写真の中ではにかむ佐々木さんの笑顔をなぞりながら、「いい顔しているよ」と、呟く鳥羽さん。

「こうやって家族がサプライズでやってくれたら嬉しいと思うよ。自分も昔、兄弟で両親を旅行に連れ出したことがあって。両親は戦時中に結婚してるから、結婚式とかあげてないのよ。だから、金比羅さんでタキシードとか着せて、写真を撮ったの。なんだよ!って言われたけど、写真撮るからって、無理矢理着せて(笑)。親戚50人くらい呼んだんだけど、みんな感動したよね。誰かの人生の一本道は、やっぱり家族の道でもあるから」

鳥羽さんの訪問に続いて、佐々木家にとって、嬉しいことがもうひとつ。
引退式の写真が、鳥羽一郎さんの『一本道の唄』のスペシャルムービーとして、公開されることになったのです。

鳥羽さんは言います。

「力さんが歩んできた道、そして引退式のお話が、あの曲にぴったりだと思ったんだ。漁師の引退式……今後、浸透していったらおもしろいんじゃないかな。漁師たちが進水式で流す曲は『兄弟船』、引退式で流す曲は『一本道の唄』、なんてね(笑)。そんな風に自分の曲が、みなさんの人生の節目に寄り添っていけたら、こんなに嬉しいことはないね」

いま、一人の漁師の歩いた一筋の道が、日本を代表する歌い手の道と重なりました。

船も主人もいなくても。

ここには確かに、一人の漁師がたゆまずに歩み、家族とともに過ごした確かな時間と、色濃く消せない空気があります。

この海が、どこまでもひとつに繋がっているように。
これからも誰かの心を繋ぎ、寄り添う歌い手でありたい。
そんなことを思いながら……
まだ見ぬたくさんの人たちに寄り添う歌を、鳥羽さんは歌い続けていきます。

歩いていくこの道のどこかで、大切なあなたに出会えますように。


「一本道の唄」MUSIC VIDEO ~漁師歴70年 佐々木力の引退式編~

※2022年5月 取材・撮影(「漁師の引退式」は2021年6月撮影しました)
写真=平井慶祐 文=高橋由季

RECOMMENDED COLUMN

おすすめのコラムをチェック

  • 保護中: 釣り×水産加工でまちづくりに挑む。西伊豆の水産業の要「はんばた市場」の魅力をご紹介します。

    保護中: 釣り×水産加工でまちづくりに挑む。西伊豆の水産業の要「はんばた市場」の魅力をご紹介します。

    この投稿はパスワードで保護されているため抜粋文はありません。

    続きをみる>>
  • 日本一漁師さんを大切にするまち 気仙沼

    日本一漁師さんを大切にするまち 気仙沼

    宮城県の北東部に位置する気仙沼――。 リアス式海岸の地形を活かした波穏やかな気仙沼漁港は、マグロやカツオ、サン…

    続きをみる>>