海とアカデミアを繋ぐ、フィッシャーマン・ジャパン研究所、始まります

「カッコいい、稼げる、革新的」という「新3K」を掲げ、水産業の未来を変える活動を展開するフィッシャーマン・ジャパン(以下FJ)が新たに、調査・研究フィールドから海の課題解決を目指す「フィッシャーマン・ジャパン研究所(以下FJ研究所)」を立ち上げる。これまで多くの人たちと海とをつないで担い手を育て、水産業を盛り上げてきたFJが、今度は学術研究者たちを海の現場へ引っ張り出してきた。
FJが海の課題と取り組んできた10年は、未知との遭遇との連続でもあった。「未知を知るって最高におもしろい!」。まだ解明されていない謎があふれる大自然のなかで、FJの「大人の自由研究」が始まった。そこで繰り広げられる「フィッシャーマンによる、フィッシャーマンのためのサイエンス」が、次世代へ示していくものとは――。
立ち上げの経緯と、ミッション、ビジョン、バリューについて、FJ研究所の長谷川琢也さんと川鍋一樹さんに聞いた。

「海がやばい!」 学術調査フィールドと海の現場をつなぐFJ研究所のビジョン

――今回新たに立ち上げる「FJ研究所」のビジョンについて教えてください。

長谷川:2014年に石巻で立ち上げたFJも今年でちょうど10年を迎えました。東日本大震災を契機に集まったFJですが、そのつながりを深刻化する水産業界全体の課題解決に活かそうと、「2024年までに三陸に多様な能力をもつ新しい職種『フィッシャーマン』を1,000人増やす」をビジョンに活動してきました。
2014年のチーム結成当時は、地方創生、水産業の6次化といったワードがようやく一部で聞こえ始めてきたような時期でしたが、その後農業に遅れて、水産業もそうした問題に向き合っていかなければならないという流れが、徐々に大きくなってきました。

FJ Co-Founder 長谷川琢也

FJもはじめは、水産業の担い手育成と6次産業化、販路開拓を活動の中心に据えていましたが、さまざまな活動に取り組むたび、その手前に解決すべきこと、実施した先に着地すべき点といったミッション、ビジョンが見えてきました。気候変動やそれによる海洋環境、生態系の変化などは、目先の対策では到底捉えきれない大きな問題に発展しています。とにかく「海がやばい!」。この10年の活動を通じ、海を取り巻く環境への実効的なアプローチが必要だという思いを強くしていきました。

2023年夏、石巻沿岸では海水温が5度も上昇し、牡蠣が半分、種牡蠣は9割死滅した

FJの事務局メンバーは、もともと海や水産業とは全く無縁な人間がほとんどであるにもかかわらず、立ち上げから2~3年ほどで、水産関係の講演や、大学での授業などに呼ばれるようになりました。自分たちの活動内容や意義、思いをお伝えすることにやりがいは感じつつ、同時に、「もっと長く専門でやってこられた人たちがいるだろう」という違和感もありました。
海についての知見が豊富な人、専門研究をしている人はたくさんいるはずなのに、そうした知識が現場の漁師の方々のところにまったく落ちてきてないのはなぜか。そう考えたとき、学術的な調査をしている人たちと現場の漁師たちのつながりが希薄だということに気づきました。その両者をつないでいくことこそ、FJの役割だと思ったんです。
根源的で大きな海の課題解決に対し、実効的なアクションを起こしていくため、研究所や大学、水産庁などの調査・研究領域と、漁師たちのいる海の現場を結びつけようと、FJ研究所を立ち上げました。

「アカデミック×漁師・海」とシティズン・サイエンス

長谷川:「アカデミック×漁師」「アカデミック×海」という、学術と海の現場をつなぐ研究的な取り組みをしたいということは、以前から考えていました。ただ我々は、事業として海の課題解決をやっている法人で、お金を稼いでいく必要もあるため、「やりたいけど、なかなか実業ベースにはならないよね」「でもいつかはやりたいね」と言ってここまできました。

海外では「シティズン・サイエンス」=「市民の科学」というジャンルが確立しています。 国や研究者に任せきりにするのではなく、市民たち自らが社会生活の中で疑問に思ったことを調べた上で、一部専門家に入ってもらい、それを裏付け、明らかにして、問題を解決していくという活動です。

デンマークのロラン島では牡蠣が育たないと言われていた場所に、市民主体で牡蠣養殖に挑戦。市民主体でありながら、専門家や政治家も参加し、一体となって海洋環境を学んでいる

昨年サステナビリティ系の研修でデンマークを訪れた際、市民たちのそうした取り組みを見る機会がありました。ある海のまちで、市民たちが牡蠣の養殖をしながら、みんなで水温や栄養源などについて学び合い、海のことを知ろうとしていたんです。しっかりコミュニティづくりもできていて楽しそうで、「とてもいいな」と感じました。
もともと研究所のイメージはあったので、いよいよ「漁師によるフィッシャーマン・サイエンス」を掲げていこうということになりました。漁師たちは日々さまざまな疑問を抱きながら海と向き合っているので、そこにアカデミアが加わることで、具体的な課題解決につなげていけたらいいなと思います。

また、「漁師の勘」などと呼ばれる、自然の中で職人として生きる一次産業者の「知恵」なども、フィッシャーマン・サイエンスの一部として世の中にどんどんオープンにしていって、研究者たちにも興味を持って寄ってきてほしいと思っています。

漁師や水産業者たちはもちろんですが、消費者たちも、問題にきちんと目を向けて、データや科学に基づいたアカデミックな視点から、自分たちの持続性を考えてアクションしていくようになってほしい。それを実現することが、この研究所におけるミッション、ビジョン、バリューです。

川鍋:埼玉県鶴ヶ島市という、畑など自然に囲まれたところで生まれ育ち、子どものころから生き物が好きでした。ちょうど自分が育っていくタイミングで地球温暖化や気候変動の話題が世界的に取りざたされるようになっていったので、自然と環境問題にも興味を持っていきました。
大学では化学を専攻し、学生時代には築地や豊洲の市場で5年ほどアルバイトをして、「水産業ってかっこいいな」と感じました。いったんIT企業に就職し、エンジニアとして1年ほど働いた後FJに転職し、今年で3年目になります。

FJ研究所 川鍋一樹

エンジニア時代も、IT企業の立場から環境に対して何かできないかという問題意識はあったのですが、やはり自然環境からすごく遠い場所にいたので、具体的なアクションに落とし込めず、悶々としていました。

FJにきてからは石巻を中心に、漁師の担い手育成事業を担当してきました。牡蠣やホヤなどの養殖が盛んな石巻で漁師さんと関わっていく中、「ここ数年でどんどん牡蠣が死んでしまった」とか「海水温が上がってしまっている」という話を聞いているうち、「環境について改めて知る努力をして、本気で対応していかなければ」という思いが強くなっていきました。

担い手育成事業では、漁師と漁師になりたい人のマッチングを行なっている

環境や水産業界課題の解決を担う存在として、大学や研究機関、都道府県などがあるわけですが、それらの機関と漁師たちの距離は遠いのが実情です。かつて大学院で研究していた経験もあるので、翻訳者のような感じで自分がうまくその間に入れたらいいな、みんなで一緒に楽しく未来を向いていけたらいいなという思いがあります。
いま現在は石巻と三重県南伊勢町の二拠点で、海やそれと深く関係する山の環境について、大学の先生や地域の方と一緒に研究しています。

持続可能性への実効的なアプローチが世界的な必須科目に

―― FJ研究所を事業化するまでにはどのような経緯があったのでしょうか。

長谷川:FJが具体的に海の問題の調査・研究に取り組んだのは「ISOP」(Ishinomaki Save the Ocean Project)という磯焼け対策のプロジェクトが最初です。磯焼けとは、何らかの原因で海藻が減り、生えなくなってしまう現象のことで、いま日本中の海で起きている問題です。磯焼けにより減ってしまった海藻を増やすためにはどうしたらいいのかを考えて対策を実行し、消えかけている海の森を次世代に続く海へつくり変えようという取り組みです。このISOPを始めたのが2020年なので、そこから数えると4年前くらいから、調査・研究フィールドにかかわってきたことになります。その頃から、ブルーカーボンなど環境系のことはやり始めていたので、いつか事業化したいとは思っていました。

ISOPは磯焼け対策のため、ウニ駆除や海中造林にとりくんでいる

ただ、FJが一法人としてお金をもらって取り組む以上、取り組みをきちんと経済的効果につなげること、お金をかけた分リターンを増やすということは大事にしています。 FJが取り組んできた人材育成も、はじめは「漁師を増やすことがお金になるのか」との疑問もあったのですが、さまざまな自治体から業務委託として育成事業をまかせてもらい、結果としてその地域の水揚げ増につながったり、税収が増えたりと、しっかり経済を回すきっかけになる実績を積み上げてくることができました。そういう意味で、こうした海に関する調査テーマも、いくつか事業として世の中に打ち出していけるタイミングをはかってきました。

そのうち時代の流れが追い風になって「ひょっとしたら事業化できるかもしれない」と感じ始めたのが、2~3年前ぐらいのことです。持続可能性への実効的なアプローチが必要だという世界的な潮流、社会としての雰囲気が高まって、ほかの仕事でつながりができていた自治体やパートナーとも問題共有できるようになり、「大学やベンチャー企業を巻き込んで事業をつくるためにこんなことをやれる人を探している」「やってくれないか」という話が寄せられるようになりました。

自作した海中ドローンを使った実験の様子

それから、脱炭素やSDGs、カーボンニュートラルといったテーマはいまや、民間企業にとっても必須科目となっています。企業は自社でできないことについて地域や社会貢献系の人たちと組み、そこに対しお金を払って、それらの課題に取り組む、という流れが確立してきました。その次の段階として今、ネイチャーポジティブと言われる生物多様性の問題に進んでいます。
ネイチャーポジティブについても徐々に必須科目化され、企業が取り組んだことを世の中に報告しなければならないというふうになってきています。ただ、自然環境や生き物のことについては、普通の企業にとってなかなか扱えないテーマなので、一緒に組むパートナーの存在がこれからより重要になると予測されます。海や山、自然と近い側にいるFJのような団体としては、パートナー企業により求められる時代が来たのかなと思います。
そうした経緯で順々に準備しはじめ、海の分析や海の研究を事業化に近づけていきました。
こうした動きがあったのと同じ時期に、研究所メインメンバーの川鍋(=ナベちゃん)がFJに入ってきたことも大きかったですね。

アカデミアを海の現場へ巻き込め!

――学術機関を海の現場に巻き込んでいくため、FJ研究所としてはどのようなアプローチをしてきましたか。

長谷川:個人的には、東京海洋大学の大学院に飛び込んで、社会人大学生として学んでいます。これまでも研究者や学生の知り合いはたくさんいたし、一緒に何かをしようと声がかかることもあったのですが、いまいち「つながりきらない」ということがありました。
実際に自分が研究室に入ってみると、定期的に学生や先生たち交流する時間ができ、それぞれが探しているテーマややりたいことについて、直接話し合える場ができました。話していくうち、漁師や漁村などの水産業の現場に近づくことに、みんな一定のハードルを感じているということもわかってきました。
研究者や水産庁の職員たちも、本当は一緒にやりたいけどルートがなかったり、あったとしてもなんとなく心理的距離があったりする一方、FJはずっと海の現場とさまざまな人たちをコーディネートする仕事をしてきたチームです。我々のように海や漁師と接点のある集団が、アカデミックな分野にかかわれば、両者の連絡ルートを太くすることができると思っています。

実際、大学の先生や学生が「こういうことをやりたい」ということに対し、「それだったらあそこの海がいいよ」とか「あそこの漁師を紹介するよ」と具体的に応えられる例がたくさん出てきました。漁業でどうやってDXができるかを研究したがっている学生さんが同じゼミにいて「じゃあ一緒にやらない?」とつながったり、漁業におけるジェンダーに関する取り組みなども動きだしたりしています。

東京海洋大学の松井研究室と、水産業における女性活躍の研究にも取り組んでいる。写真は松井研究室所属の清藤さん。漁業現場の調査の様子

川鍋:大学も今「地域貢献」が評価のポイントに入ってきており、研究活動も地域に根差すことが重要だとされてきています。そういう意味では、大学側としてのニーズもけっこう出てきていると感じています。
自分としては、何かリサーチ上での課題がみつかったら、それを専門にやっている人に直接メールなどでアプローチするんですが、その時にFJのこれまでの取り組みや、研究所の活動内容、ビジョンを話すと興味を持ってもらえることが多く、先生方も実際に地域に足を運ぶことを楽しみにしてくれています。そうして知り合った研究者の人たちを地域の人たちにきちんと紹介してつなぐと地域の方々も喜んで歓迎してくれますし、ウィン・ウィンの関係をつくれていると感じています。

大学の先生方からも、「地域とのつなぎ役はとても大事だと思います」という意見をお聞きするので、今後もたくさん接点をつくっていきたいと思っています。一方で、研究室にいる学生たちが、就職を機に海の問題に関わらなくなってしまうことも多く、そこは先生方も寂しく思っているようです。地域とつながって研究する取り組みを通じて、学生たちが海の研究を続ける、海に関する仕事に就くようなきっかけづくりになってほしい。。

楽しく、かっこよく、変わっていく姿を見せていく

長谷川:「漁師」というものを世の中にどんどん出していくと、おもしろいことがどんどん生まれていく、というのが、FJの10年間でした。結果として他から同様のコンテンツ発信も増え、それはすごくいいことだと思っています。昔は漁師のWebがかっこいいとか、漁師の写真や動画が世の中に出ているということはあまりなかったと思うんです。

FJは「白黒に荒波」という漁師のイメージを払拭してきた

FJは「かっこよくて稼げて革新的」という「新3K」という言葉とともに漁師を露出してきました。みんな頭では漁師が大変だ、といったことはわかっていると思うのですが、そういうことではなく、「かっこいい」とか「美味しそう」「楽しそう」などという、感情に直接訴えかけるやり方で、FJは人々との輪を広げてきました。FJ研究所でも、それの研究/環境/生き物版のような流れをつくっていきたいです。

水産業の中で「変わってもいいんだ」いうことを背中で見せることができたのが、FJの功績です。研究所では、そのフィールドを調査・研究分野に移し、研究者や漁師、漁民たちが、海で疑問に思ったことをどんどん世の中に対し発言していっていい、ということを見せ、それを人々に感じとってもらうことが大事だと思っています。ビジネスセクターに対しては「ビジネスチャンスある!」といったことかもしれないし、一般の人に関しては「おもしろい」「楽しい」といった、誰もが持っているだろう探求心や好奇心に、海や漁師、生き物や環境というFJ研究所のテーマを近づけていきたいと思っています。

川鍋:自然の中に入れることって、本当に楽しいですよ。周りの人たちもみんなワクワクしながらやっているし、何かと競うわけでもなく、純粋に自然がどうなっているのかを探求する感じが、すごくいいですね。もちろん事業としてのタイムリミットや、水産業に対してもっと貢献せねばということはありますが。自然の偉大さを感じながら、みんなで汗をかきながら、地域の人たちと一緒にああでもないと、なんだかかんだ話しながらやっているのは、とても楽しいです。

石巻市蛤浜での土中環境調査の様子

個人的には、子どものころから興味を持ってきた生き物や環境分野のことを仕事にしていけるようになって、今ちょっとずつ、好きだったことに近づけている実感があります。自分と同じように、生き物好き、自然好きな子どもたちが輝けるかっこいい職業、かっこいい存在だということを示していけたらいいなという希望も持っています。

FJは子ども向け漁業体験も実施している

長谷川:森と海のテーマに取り組んでいても、毎日毎日、一瞬一瞬が「なるほど!」の連続です。「昔噴火で溶岩が流れた跡が今こうなっているのか」とか「ここの土の養分がこの経路で流れているのか」とか「あそこはあんなに海藻が生えているから魚が多いのか」とか、最高におもしろいですよ。そういうことをおもしろいと思う人がいっぱい集まって「おもしろい、おもしろい」と言っているうち、「なんかおもしろそうだね」という人たちがさらにやってくる、という感じが理想ですね。

川鍋:蛤浜の漁師の方と話していて最近腑に落ちてきたのは、文化を継承していくことの重要性です。
浜ごとにそれぞれの漁師さんが長きにわたり持続的にやってきた漁業のこと、海との付き合い方、その文化をちゃんと残していくことは大事だと思っています。さまざまな課題解決のため科学はもちろん大事な土台ですが、まだ科学では証明されていない、分かってないところを受け継ぎ保存していくことも重要だと感じます。高齢化が進む中、そうした文化を次の世代に残せるかどうかは、我々世代にかかっているからです。

より均質化していく未来が予想されるなか、島国である日本の半島の文化は、ガラパゴス的に大事なものだと思っています。それを失い、文献にも残っていないものにしてしまうのはあまりに惜しいことです。いろいろな人を巻き込みながら、多くの人たちに文化を継承し、一方ではそれを科学で裏付ける作業も進めながら未来に残していくということが、とても重要だと思っています。

長谷川:魚は天然もあれば養殖もあるし、天然も種類が豊富で、海藻もあって、身近にさわれるものが多いです。そうしたさわりやすさ、関わりやすさが魚や海の魅力なのに、なぜか業界に携わる人が少なく弱い分野です。携わる人が少ないゆえ、我々みたいなぽっと出の団体が、行政や漁協などオフィシャルな人と一緒に仕事ができたり、水産庁にも提案できたり、というところにFJの担い手育成のおもしろさがありました。

これまでの10年でFJとして潰せた課題と潰せなかった課題があったなか、今後FJ研究所からは、学術的なアプローチから法律や枠組みを良い方向に変えていくようなことを目指していきたいと思っています。みんなでワイワイ、いろんなことを触っていく「大人の自由研究」的フィールドであると同時に、業界や国を変えるっていうフィールドでもあり得る――。そんなおもしろい場をつくって、そこで騒いでいる、かっこいい大人たちの姿を見せていきたいと思っています。

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