牡鹿半島にある蛤浜(はまぐりはま)。
この浜の牡蠣漁師として、ただひとりとなった亀山秀雄さんのもと、一歩一歩漁師として歩き始めた若者がいます。
大野立貴さん。滋賀県出身の29歳。
石巻で結婚し、昨年第1子が誕生しました!
彼が石巻にやって来たのは、2016年春のこと。
今回は、彼がこの街にたどり着くまでのお話と、そして「これから」のお話を紹介します。
料理人から、育てる人へ
「子供の頃から生き物を育てたり、世話をするのが好きでした。TVでマグロ漁師を見て、かっこええなーって憧れた時期もありましたね」
もともと1次産業に興味があったという大野さん。
両親の反対もあり、高校卒業後は料理人の道へ進むことになります。食べるのと同じくらい、料理をするのも好きだったそうです。
調理師専門学校を卒業後、地元ホテル内にある中華料理店に就職しますが、料理人になったからこそ、「この食材はどこからきたのか」「どうやってつくられたものなのか」……食材への想いが強くなったと言います。
「どうせ一度きりの人生。興味あることやったろう!」
こうと決めたらすぐに行動するタイプです。
「肉が好きやから、おいしい肉をつくったろうと思って(笑)」
行き先は、迷わず北海道を選びました。
「北海道といえばオホーツクやろ〜!ってそんなノリで、道東の農協を調べて。肉牛やってて、人募集してるとこないですか?って、片っ端から電話をしました。紹介された牧場をいくつかまわって就業先を決めたけど、どうせやるなら寒さも一番厳しいときに行ったれ!と思って、2月に(笑)」
こうして、4年勤めた飲食店を退職。
どうやら大野さん、ものすごい行動力と決断力を兼ね揃えているようです。
「料理人辞めて北海道に行く。畜産やるわ」
両親には、報告だけ。
「反対はされたけど、もう好きにしたらええって半ば諦めてましたね(苦笑)」
新たな可能性を求めて
憧れの1次産業の仕事。
北海道の暮らしはしんどかったけど、仕事はおもしろかった。
「でも」と、大野さんは続けます。
「ある程度仕事ができるようになってきたら、自分でやってみたいという気持ちが湧いてきた。従業員で終わりたくないなって。そこでいろいろ調べたけど……新規参入で独立することは無理やって気づいたんです。海の仕事ももちろんお金がかかるけど、牛を育てるとなると、比じゃないくらいお金がかかる。それに加えて、横や縦のつながりとか……人間関係を考えても無理やなって。それでも1次産業を諦めたくなかった。ほんなら漁師はどうなんやろ?諦める前にそっちも見てみるかって」
畜産の仕事に就いて、4年の歳月が流れていました。
奇しくも料理人時代と同じ年数を畜産界で過ごし、漁業の世界に飛び込むことを決意したのです。
「昔憧れたマグロ漁師もええかなって思ったけど、安定はしないやろなと思って。やっぱり好きなものをつくるのがええから、牡蠣養殖を選んだ……っていうのが、表向きの理由。正直なところ、どの漁師がどんなことをするのか、どれが自分に合ってるのかなんてわからんから、ネットで漁師の求人を探して、いちばん上にあったやつに応募した。それが石巻の牡蠣漁師だった(笑)」
屈託のない笑顔で、カラカラと笑う大野さん。
その懐っこい笑顔と、思い切りの良さで、ひとりこの街に飛び込んできました。
最初に研修させてもらった漁師には、すでに就業者が決まっていました。
そのため、ほかの漁師のもとでも2週間ずつ働かせてもらったそうです。
しかし、どの漁師も「独立型」ではなかったと言います。
石巻に来てわかったこと。
従業員を必要としている漁師は山ほどいるし、熱心に漁業を教えてくれる漁師もたくさんいる。でも、「独立をさせてやる」と諸手を挙げて言ってくれる人はいない。
やっぱり漁業もダメか……。
今度こそ地元に帰ろうと思っていた大野さんを引き止めたのは、県漁協石巻地区支所の三浦雄介さんでした。
そもそも、大野さんが石巻にやって来た2016年は、石巻市の「水産業担い手センター事業」が、立ち上がったばかりの年。市内でも水産業の新規参入者の事例がほとんどないような状況でした。担い手不足に危機感を抱いていた石巻地区支所と、運営に携わるフィッシャーマン・ジャパンが手を組み、受け入れ体制を整えていこうとしていた矢先に、いきなり独立志望の大野さんがやって来たのです!
「せっかくやる気がある子が来たのに、帰らせるなんてもったいない。なんとかしなきゃ」
少しでも独立の可能性のある浜はないか、後継者として育ててくれる漁師はいないか……あちこち探す中で、兼ねてより独立を目指す若者を育ててみたいと話していた亀山秀雄さん(蛤浜で唯一の牡蠣漁師)に相談をしたところ、受け入れを快諾!
「ここなら、独立させてやれるかもしれない」
こうしてひとりの漁協職員の熱意によって、秀雄さんと大野さんの師弟コンビが誕生したのです。
今でこそ家族のような信頼関係を築いているふたりですが、師匠である秀雄さん、最初は全然しゃべってくれなかったそうです(笑)。
「どうせすぐ辞めるやろ、って思われてたんだと思います。現に最初の2、3ヶ月は、顔を合わせるたびに、いつでも辞めていいからなって言われてましたから(笑)」
秀雄さんと大野さんが牡蠣養殖を営んでいる蛤浜では、隣の折浜(おりのはま)と共同で牡蠣剥き作業を行っています。
師匠に認められることはもちろんですが、新規参入者が浜で漁業を営むためには、地域の漁業者にも認めてもらわなければ何もはじまりません。
大野さんは、隣の浜の人たちにも積極的に声をかけ、青年部の活動にも参加するなど、少しずつ漁業に携わる「仲間」として認めてもらえるように、今なお努力し続けています。
「秀雄さんは、口数は多くないけど、聞いたら教えてくれる。やってみろって任されることが増えるたび、応援してくれてるんやなって」
漁師の仕事は、経験でしかわからないところもあります。
風ひとつで、船の操縦も変わります。
慣れない海の仕事に苦戦しながら、来る日も来る日もふたりで仕事を続け、そして1年が過ぎた頃、秀雄さんがこんなことを言いだしました。
「(牡蠣の養殖棚を)半台分やってみろ。俺は面倒見ないからな」
ファースト牡蠣、できました!
「いずれはひとりで牡蠣をつくるんだと決めてたし、やるしかないと思った」
大野さんは、現在、新規漁業就業者へ向けた水産庁の支援を受けています。
大野さんの場合、<独立型>として最長で3年間、支援金を受けることができますが、そのあとの保証はありません。
支援を受けられる限られた期間。
いつまでも言われたことだけやっているようでは、一人前にはなれない……そんな思いがあっての師匠・秀雄さんの決断でした。
「自分の牡蠣をつくれる!」
毎日ワクワクしながら(そしてちょっぴり心配しながら)、船で牡蠣棚の様子を見に行ったり、秀雄さんに許可をもらって、他の浜の漁師のもとへ勉強に行ったり。
せっかくなら、こだわった牡蠣をつくってみたいと、通常の剥き牡蠣として出荷するものとは別に、一粒牡蠣にも挑戦しました。
そして、2018年冬。
ひとりで初めて育てた牡蠣ができたのです!
「まだまだなところもあるけど(秀雄さんには毎日怒られます、とのこと笑)、牡蠣好きの自分が食べても味に文句無し!おいしい牡蠣ができました!」
「おいしい」という声を聞きたくて
近頃の大野さんは、仕事が終わると一目散に帰宅します。
昨年11月に誕生した愛娘をお風呂に入れるのが大野さんの日課です。愛娘と過ごすこの時間が、癒しのひとときなんだとか。
そして、夕食の時間。
「おいしい、おいしいって食べてもらえるのが、やっぱりうれしい。またがんばろうって、やる気にもなる」
奥様も大の牡蠣好きだそうで、大野さんが持ち帰った牡蠣は、あればある分、2人で食べてしまうそうです(笑)。
独立に向けて着実に動き始めている大野さんは、担い手不足の問題を抱える市の水産業界にとって期待の星。彼の頑張る姿が、浜を越えて話題にもなっています。
注目を浴びる一方で、本人はいたって冷静。そして、謙虚に日々を過ごしています。
「自分は運が良かっただけ。同じことを他の人にやれって言ったって、きっと同じようにはならない。でも、畜産と漁業、両方やってみて思うのは、漁業は畜産より可能性があるということ。漁業も、漁業権とかいろいろ決まりがあるから、自分も正直これからどうなるかわからんし、前例もないようやけど……。でも、そういうルールがあるだけ、漁業はまだチャンスがあるんやないかって思う」
この街で守るものが増えた今、「もう後には引けない」と、その思いを語ります。
「いろんな人にサポートしてもらって、今の自分がある。これからは本当に自分の力が試される。周りにも認められるように、しっかりやっていきたい」
かつては賑やかだったこの浜で、たったひとりになってしまった牡蠣漁師。
夢を追い、一度は諦め、それでも諦めきれずにここにたどり着いたひとりの若者。
そして、地域の漁業を変えていきたいと、熱い想いを抱いていた漁協職員。
彼がこの街にやってきたのは、本当に「たまたま」だったのでしょうか。
ひとつひとつの出会いが、この浜の未来を、この街の漁業を、変えようとしています。
「最近、秀雄さんがニワトリ飼い始めたんですよ。立派な小屋までつくって。俺に仕事を任せるようになったから、余裕ができたんやろうけど。……俺もいつかあの浜で、漁業やりながら牛でも飼いたいな(笑)」
ここに来たときと変わらない、あどけない無邪気な笑顔。
少し変わったなと思うのは、ひとまわりもふたまわりも大きくなったその背中でしょうか。
頼もしくなった彼の背中が、いつか若き漁師たちの希望になることを祈りながら……
彼の挑戦は、まだまだ始まったばかりです!
2018.Feb.
(写真=高橋由季・島本幸奈/文=高橋由季)