荒波で育てる、伝説の牡蠣

荒波で育てる、伝説の牡蠣

  • 漁師,
  • 宮城県,
  • 通年雇用,
  • 未経験者OK

IMG_2117

つづら折りの山道を登り、何度目かのカーブに差し掛かってハンドルを切ったそのとき、久しぶりに朝が生まれる瞬間を見ました。

鬱蒼とした木々の合間から、ぽっこりと顔を出した朝日。

それは穏やかな湾のボウルに割り落とされた、新鮮な卵のようでもありました。

IMG_1867

こんな朝は、誰かに祝福されているような、清々しい気持ちになります。

なにもかもを包み込んで、そして新しく塗り替えてくれるような、生まれたての眩しい朝。

これから会いに行く人のことを思い浮かべながら山道を下れば、すでに浜は慌ただしく動きだしていました。

IMG_1891

やって来たのは、牡鹿半島の西側。

ちょうど真ん中あたりに位置するのが、鹿立という地区です。

この鹿立地区は、県漁協石巻東部支所に属する5つの浜の中で、震災後も生産者が減少しなかった唯一の地域。現在は7世帯の家族が牡蠣養殖を行っています。

浜をふらふら歩いていると、一際大きな声に呼び止められました。

「ほれ!早く船さ乗れ!置いでぐど!」

声の持ち主は、この地で牡蠣養殖を行う石森裕治さん(60)。

日に焼けた顔に、ねじりハチマキ。

初めて会う人は、その存在感と迫力に、「ちょっと怖い……」と怯んでしまうかもしれません。

石巻東部支所の運営委員長も務める石森さんは、仕事では厳しい姿を見せますが、実は誰よりも情に厚い、浜のお父さん。

思いきり笑い、嬉しいことがあれば自分のことのように喜び、そして泣く……みんなに愛されるキャラクターの持ち主です。

IMG_2467

 

 

親子でつくる伝説の牡蠣!

石森さんは現在、長男の隼人さん(31)と二人で牡蠣の養殖を行っています。
もともと、仕事以外はあまり話さないという二人ですが、船の上で働く様は、まさに阿吽の呼吸。言葉を交わさなくても、絶妙なコンビネーションでテキパキと作業が進んでいきます。

IMG_1894

物心ついた頃から手伝いをしているという隼人さん。

常に父の背中を見て、仕事を学んできました。

石森さんが“想い”で動く人情派であるとすれば、隼人さんは、そんな父をフォローする頭脳派。

ある意味、浜の名物コンビです!

IMG_1973

 

さて、牡蠣の養殖ですが、一般的には穏やかな内海で行います。

しかし石森さんの浜では、7月になると牡蠣棚ごと沖合に移動させ、さらにそこで4ヶ月ほど育てあげます。

IMG_2094

普通に船で走れば5分ほどの距離の沖合ですが、潮の流れの速い場所へ大きくて重たい牡蠣棚を船で移動させるとなると、全速力で走らせても1時間はかかります。潮の流れの厳しい外海で育てられた牡蠣は、いつしか“伝説の牡蠣”と称されるようになりました。

「荒い海で育てるから、身がプリッとなる。ギューッとおいしさが詰まっている感じ。荒い場所で牡蠣を育てるから、波でガチャンガチャンって鍛えられるんだな。ただ、大きく育つ分、重さでボロボロボロ~って落ちないように工夫してやんのさ。そういう技術がここにはある」

誇らしげに語る石森さん。やたらと擬音が多いのは、ご愛嬌。

「どこの生産者もそう言うだろうけど、自分のとこでつくった牡蠣が一番うまい。あんなに潮が速いところでつくってんのは、日本のどこにもない。命がけで、育ててる」

石森さんの牡蠣は、地域で出荷する牡蠣とは別に、「荒波牡蠣」という名前でネットでも販売しています。大きくて味の濃厚な「荒波牡蠣」に惚れ込むファンも多いのです。

おいしさはもちろんのこと、安心・安全な牡蠣を提供するために欠かせなのが、牡蠣処理場。現在、鹿立地区にある牡蠣処理場は、石森さんが中心となって手がけた「牡蠣オーナー制度」の資金の一部を利用して建てられたものです。

IMG_0639

それまで、冠婚葬祭でしかスーツを着たことがなかった石森さん自ら、慣れないスーツを着こなし、資金集めのために、奔走しました。

石森さんは言います。

「やっぱり自分の息子だけでなく、浜には後継者がいる。なんとかしねげねぇって思ったんだ」

一方、後継者である息子の隼人さんは、こう語ります。

「漁師は陸では生きていけない。特に親たちの世代はね。海で生まれたから、海で生きてくしかない。自分たちよりずっと不器用。だから、親たちのためにも、漁をまたやろうと思った」

親の心、子知らず。

そしてまた逆も然り。

それでいても、お互いを思い合う強い絆を感じずにはいられないのです。

 

 

すべてを奪った震災。

そして出会った、かけがえのない人たち。

IMG_1699

石森さんが牡蠣漁を復活させることを決意したもう一つの理由は、震災直後にやって来たボランティアとの出会いにあります。

「震災から1ヶ月くらいは、何もする気になれなかった。ただ生きて、息を吸ってるだけ。浜を片付けようとも思えなかった。そうこうしてるうちに、ボランティアがやって来て、浜を片付け始めたのよ。ごちゃごちゃってる浜を……」

懸命に作業をするボランティアの姿を見て、ハッとしたという石森さん。すぐさま仲間のもとに走り、叫びました。

『おめーらっこの!どこの誰だかわかんねー奴らが来てやってけでんのに、こうやってられねーど!』

そして浜の人たちと、“どこの誰だかわかんねー”人たちとの共同作業が始まりました。バスでやって来るボランティアの人たちに、石森さんは毎日毎日、頭を下げ続けました。

いつしか、こんなことを口にするようになります。

『頼むから、もう一回ここに来てけらい。今度はプライベートでもなんでもいい。絶対に復興して、牡蠣も立派につくってみせる。あんだだちが今度来たら、思いっきり食わせてやっから。だからまた、ここに来い』

 

震災から6年。

今もなお、石森さんを訪ねてやって来る人は後を絶ちません。

「ただいま!」とみんなが戻って来れる場所が、ここにはあるのです。

「よく来たなぁ!」と、顔をくしゃくしゃにして笑う石森さんは、自分が育てた“いぎなりうめぇ(とびきりおいしいの意)”牡蠣を食べさせるのが、何よりもの楽しみ。

そして、メバルの煮付けやら、アワビのお造りなど、手際よく調理して、食べさせるのです。

「牡蠣を育てるのも同じ。おいしい!って言ってもらうのが、いちばんだ」

IMG_0091

涙を流した夜も、眠れない夜も、たくさんありました。

夢から覚めても覚めても、失ってしまったものはもとに戻りません。

それでも、あのとき自分を支えてくれた人たちが、今、目の前で笑っています。

あの日からたゆまずに流れ続ける時間は、ときに無情に。

そして、ときにやさしく。

今日もゆるゆるとこの浜に満ちていきます。

 

 

浜に新しい風を

石森家の牡蠣の収穫は、10月から2月まで行われます。

2月で牡蠣が終わると、今度はワカメの収穫。ワカメの養殖は、震災後に始めました。

牡蠣の収穫時期は、7時から16時まで牡蠣剥きが行われ、夕方に翌日分の水揚げを行うという、ハードスケジュールです。

「牡蠣のおもしろさといったら、毎日値段が変わること。日によって3千円だったり、5万円だったり。こんなに上がり下がりが多いのって他にないね。その時期は毎日ドキドキドキー!ってすんの(笑)。今日は宮城県で一番良かった!とかね。それがまたおもしろいし、励みにもなる」

牡蠣養殖は、1年を通してさまざまな作業があるため、人手が必要となります。

種はさみの時期には、浜にカラフルなテントが立ち並び、お母さんやおばあさん、お嫁さんや子供たちなど、家族総出でお手伝いする姿も見受けられます。

IMG_2451

今回、石森さんが担い手を募集するひとつの理由は、人手不足の解消です。

震災の2年前に奥様を亡くされた石森さんは、現在は長男の隼人さんと、時々ボランティアでやってくる若者の手を借りて作業を行っています。

石森さんと隼人さんの作業は、何をするにもスピードが格別。素人には難しい牡蠣剥き作業に至っても、たった2人で、3、4人分の量を剥いてしまいます。

「それでも、家族でやっているところには敵わない」と、石森さん。

IMG_2348

担い手を募集する理由はそれだけではありません。

「うちの浜は例外だけど、このあたり全体で見たら、震災後に漁師がガクッと減ってしまって、後継者がいない人たちはほとんど辞めてしまった。浜から人がいなくなるっていうのは、つまり廃れてしまうっていうこと。だから、起爆剤じゃないけど、新しい人を迎えることで、いい風が吹けば……。もちろん、その人が独立したいってなったら、並大抵の努力では敵わないし、まわりの理解も必要になる。だからこそ、外から来て、一緒に頑張ってる姿見たらさ、やっぱりまわりも、頑張ろうって気持ちになるんじゃないかなって」

腕組みをして、自分に言い聞かせるように何度も頷きながら、その胸のうちを語ります。

「なんでも一生懸命な子がいいね。命がけの仕事だから……本気になって、一緒にここで働いてくれる人。根気強く頑張ってくれる人がいい」

 

 

気がつくと、ずいぶんと太陽が傾き始めていました。

くっきりした雲が、大きな影を引き連れて、空を泳いでいきます。

別れ際、なんだか寂しくなって、何度も振り返っては、手を振りました。

振り返るたび、そこには温かい、太陽のような笑顔があります。

「また会いたいな」

きっとここに訪れた人は、同じように思ってしまうのでしょう。

 

静かになった浜に、ゆっくりと夜が訪れます。

そしてまた、あの神々しい朝日と共に、石森さんの賑やかな1日が始まります。

 

IMG_2264

 

文・写真/高橋由季

※取材は、2017年6月に行いました。

募集情報
募集職種 漁師
給与 月給 15万円(研修期間1年)
年収 250〜300万円(1〜3年目)
   ※4年目以降、組合員になった場合は、+刺網等の水揚げ金額
仕事内容 牡蠣養殖
勤務地 宮城県石巻市狐崎浜
勤務時間 7:00〜16:00(時期によって異なる)
休日休暇 日曜、年末年始(1週間)、お盆(5日)、荒天日
募集期間 2017年09月01日(金)~
その他 住居/石巻市担い手事業のシェアハウスあり(月額3万※光熱費込)。車で20分
会社情報
会社名 隼丸
住所 石巻市狐崎浜
社員数 2人
通販サイト https://tsuku2.jp/storeDetail.php?scd=0000026125
Facebookページ https://www.facebook.com/aranamikaki/

RECOMMENDED ARTICLE

おすすめの求人情報をチェック

  • ひとつ屋根の下 小さい町から大きな幸せ届けます ひとつ屋根の下 小さい町から大きな幸せ届けます 魚屋, 宮城県, 通年雇用, 経験者優遇

    女川の企業として、女川に水を引き、人を呼ぶのが仕事。 この町に生かされてきたから、この場所を全国に広めるのが使命だと腰をすえた覚悟があります。 道路の中央にまで出て、「はい、いいよー渡って。よく雨がふるねー。おいで、おいで。」と道を渡る子連れの家族に声をかける男性。後で聞けば、ここ「おかせい」の代表取締役。この町で68年前に八百屋としてのれんをおろした岡清ですが、社長の代で魚屋としてのれん替えし、みんながあつまるお魚いちば「おかせい」として女川の発展に尽力しています。 女川町は、太平洋沿岸に位置する町です。日本有数の漁港である女川は、毎年秋刀魚の季節になると賑わいをみせます。秋刀魚が水揚げされ…

    続きをみる>>
  • 浜に活気が欲しい 一緒に漁師をやらないかい 浜に活気が欲しい 一緒に漁師をやらないかい 漁師, 宮城県, 正社員, 経験者優遇

    いま、漁師はかっこいいし、稼げるよ!って自信を持って言えます。 これまで、汚い、大変で漁師になろうとする人は少なかったけど、今は違う。一緒にやろうよ。って言いたいです。そして、この浜を人間の豊かさに満ちた家族を大切にできる場所にしたいと思っています。 今回お話を聞いた鈴木一樹さん(35)、3人の子どもの父親であり5人兄弟の長男として海に生きる生粋の漁師です。 「今年、博打を打ちました。出来るかどうかはやってみないと分からないけど、牡蠣棚をこれまでの約2倍に増やしました。」と、波のたたない声でいう鈴木さん。 これから鈴木さんのところで働くと、迫られた時に発揮される強靭な力と協働する喜びが必ずあり…

    続きをみる>>