【あおさ養殖と定置網漁の現場から】 漁師の町・南伊勢でチャレンジを続ける若手2人の現在地。
三重県南伊勢町。リアス海岸に囲まれ、豊かな水産資源に恵まれたこの町では、高齢化や人口減少が進む一方で一次産業の現場で汗を流し、次世代を担う若者たちの姿が少しずつ見えるようになってきました。
今回は、生まれ育った町で歴史ある定置網漁船に乗って11年目になる中村伊吹さんと、千葉県から移住し地域おこし協力隊員としてあおさ養殖修行をはじめて2年目の石田さんに、クローズアップします。それぞれ異なる背景を持つおふたりが漁業の世界へ飛び込んだ経緯から振り返りつつ、現場でいま感じていることについてお話を聞きました。
定置網漁師11年目・中村伊吹さん

父の背中を追いかけ、念願だった漁師の道へ
三重県南伊勢町の方座浦で、昭和初期から定置網漁を営んできた「方座浦大敷」。現在、その大敷で船長(船頭として操船等を担う)として舵を取っているのが、漁師歴11年目になる中村伊吹(いぶき)さんです。
同じく大敷の漁師であり、沖長(船の責任者)を務める父・高明さんの背中を見て育った伊吹さんは、子どもの頃から漁師に憧れていたといいます。
しかし、高校を卒業するタイミングでは乗組員の人数枠が空いておらず、魚市場で2年間働くことに。水揚げされた魚を量って仲買に売る市場での仕事も「楽しかった」と振り返ります。それでも、やはり漁師になりたいという思いは変わらず、枠が空いた2014年から念願の漁師になりました。
また、2年ほど前に船が新しくなったタイミングで、伊吹さんは船長を任されています。思い描いていた仕事は、「実際にやってみると想像以上に楽しい」とその魅力を語ります。

繰り返しの毎日でも「魚が獲れる瞬間」が最高に面白い
定置網漁の基本は、沖に張っている定置網にかかる魚を市場に水揚げすることです。
「基礎的な仕事は、半年ほどで覚えられる」という伊吹さんですが、年に1回、6月に行う網の引き上げや修繕作業は、繰り返しやらなければ忘れてしまうため覚えるのが難しい部分もあるといいます。
「乗組員として2〜3年が経ったころには 、『べか』っていう母船よりも小さな船に乗って、細かい作業をするようになって色々覚えましたね」
網の入れ替え時に角の部分の調整をしたり、碇(いかり)を引き上げたりして、船の仕事を全体的に覚えていったそう。

そんな日々の作業の中で、伊吹さんが最もやりがいを感じるのは、やはり魚が獲れた瞬間です。
「楽しいのはやっぱ、魚が獲れたときですね。網を絞めていって、魚がワーッと水面に見えてくるところが一番面白いです」
特に3月から4月にかけてのブリの時期は、圧倒的な光景が広がるのだとか。
温かい人間関係も、家族との時間も
定置網漁の最大の魅力は、そのライフスタイルにあるといいます。日によって前後しますが、朝4時半に出港し、6時に帰港して水揚げを行い、7時前には一旦解散。網の修理などの仕事がある日でも、遅くとも朝の9時か10時には終わるそうです。
最近お子さんが生まれた伊吹さんは、「家へ帰ってからは、本当に他のことはせずにずっと子どもと遊んで過ごしています」と、家族との時間を大切にしている様子。

また、職場の雰囲気の良さも働きやすさに繋がっているのだとか。現在11人体制で平均年齢は50代半ばですが、厳しい上下関係はありません。「昔から知っている地元の人ばかりで、気を使うような人たちでもなくて和やかですね」
また、新しい船になってからは大幅な機械化が進み、力仕事が減りました。新しく乗組員となった20代の女性メンバーも最年少ながら活躍しているようです。
道のり長き漁師業、11年目もまだまだ勉強中
地域全体で高齢化が進み、若い人が県外へ出ていく中で、地元に残り漁師として活躍する伊吹さん。

一方で、今後挑戦してみたいことについて尋ねると、「今は覚えるので力いっぱいですね」と笑います。現在、出港判断などは社長と沖長が担っています。船長として舵を取る伊吹さんでも「海のことを自分で考えられるようになって、社長がやってることをやれるようになるまで、まだまだ勉強ですね」と漁師としての長い道のりを見据えているようです。
これから新しく漁師になりたいと思っている人へのアドバイスは、とにかく一度、実際の定置網漁を見に来てほしいということ。 「漁を見てみてやな。見たらハマる子はハマるんやないかな。すごい光景してるんで」ダイナミックな光景を目の当たりにすれば、きっとこの仕事の魅力に引き込まれるはずだと教えてくれました。

あおさ養殖漁師2年目・石田雄斗さん

証券マンからあおさ養殖へ
南伊勢町であおさ養殖の独立に向けて準備を進めている石田さん。地域おこし協力隊として夫婦で移住し、親方のもとで基礎から加工技術まで一貫した生産を学んでいる真っ最中です。
千葉県出身の石田さんは、幼い頃から海が身近な存在だったことから、水産高校に入学しました。 しかし、マグロのはえ縄漁船の実習を経て 「獲る漁師はキツイ」と思い、大学へ進学し国際学科へ進みました。
大学卒業後は、お金の勉強をするべく証券会社で営業職に就きましたが、次第に働き方に疑問を抱くようになったと言います。 「決まった時間に決まった仕事をするのがあんまり好きじゃなくて。自分で考えて、自分のやり方で仕事をして結果が出る方がいいなと思ったんです」。
手に職がなかった石田さんは、「独立するなら第一次産業がいい」と決意。4年間の営業職の後、一度は離れた海の世界へ再び飛び込むことになります。
あおさ養殖を選んだのは、漁業就業フェアでその存在を知ったからだそう。 「あおさ養殖は農業に近く、ビジネスとしても安定感があると思いました」。

自然のサイクルに合わせる働き方
あおさ養殖の仕事は、季節に応じて大きく変動します。
始まりは6月から8月の網張りからです。何千本とある支柱の杭を設置し、あおさを育てるための網を張っていきます。8月から9月は、海中を漂う自然の胞子(種)が網に付着するのを待つ段階です。 9月から12月にかけては「抑制期間」と呼ばれ、適温(10〜15度)になるまで成長せずに種だけを生かすため、ひたすら海水やポンプで網を洗う作業が続きます。
この時期は1日4〜5時間で仕事が終わる日も多いそう。

しかし、水温が下がり一気に成長する1月から5月上旬の「収穫期」に入ると、生活は一変します。
「あおさが育つ時期は限られているので、いかに素早く収穫して製品にできるかが勝負です。この時期は週休2日どころか、月に1回休みがあるかないか。普通の人が2ヶ月分くらい働くような感覚ですね」。
一方で、収穫を終えた夏場には1ヶ月ほどのまとまった休みを取ることもでき、時期によって全く違う働き方になるのが特徴です。

不安を抱えながらも「主体性」を持って進むこと
南伊勢町への移住にあたり、石田さんは奥様に頼んで仕事を辞めてもらい、一緒に移住してくることになりました。何年も前から「自分で事業をやりたい」と言い続けていたこともあり、奥様もその挑戦をすんなりと受け入れてくれたそうです。
やりたいことを優先して始めた挑戦ですが、そこにはリアルな葛藤も。 「移住初期は、貯金が減っていく中で『これからやっていけるのかな』という不安はありました。また、進んでいる実感がなく『本当に正組合員になれるのかな』と思い悩む時期もありましたね」

そんな不安を抱えながらも、この春、石田さんは目標だった漁協の「正組合員」の資格を取得しました。「よそから来たからといって周りの顔色ばかり伺っていると、肩を並べて話し合うことができないからこそ、組合員になることにこだわりました」
石田さんは「主体性」を持って物事を進め、地域でのコミュニケーションにおいても、自分の意思を持つことが大切だと言います。
「過度な自分勝手はいけませんが、人に流されず、自分のやりたい方向へ物事を進めていける人が向いていると思います。『最終的にこうなりたい』という明確な意思をもっていれば、壁を乗り越えていけるのではないでしょうか」

南伊勢でできることは柔軟にチャレンジ!
現在、石田さんはあおさ養殖の傍ら、夜間にシラスウナギ漁に出たり、あおさのイカダを利用したカキの試験養殖にも挑戦したりと、南伊勢の環境を活かして幅広く活動しています。
「なかなか前例がないことも多いですが、そこにチャンスが眠っていると思っています。稼げるようになって自分の家を建てたいです」
親方のもとで日々技術を磨きながら、石田さんの挑戦はこれからも続いていきます。

漁師になりたいあなたをサポートします!

「漁師になりたいけれど何から始めればいいかわからない」「見知らぬ土地に飛び込むのが不安」と思っている方もいるのではないでしょうか。南伊勢町では、その一歩を全力でサポートする体制が整っています。今回お話を聞いた石田さんも、南伊勢町役場(まちづくり推進課)やトリトン・プロジェクト(フィッシャーマン・ジャパン)のサポートのもと移住・就業し、今の挑戦の土台をつくりました。

南伊勢には、中村さんや石田さんのように自分のやりたいことに挑戦している若手漁師たちがいます。漁師になるまではもちろん、漁師になってからもチャレンジをサポートしてくれる人たちがいて、サポート体制に充実しています。先輩漁師たちと話す機会もありますよ。
少しでも「海に関わる仕事がしたい」「漁師ってかっこいい」と思った方はぜひ、短期研修や体験プログラムに参加してみませんか?海も、先輩漁師たちも、いつでもあなたを待っています。
写真:飯塚麻美・萬造寺里緒・Funny!!平井慶祐
文:飯塚麻美
▼南伊勢では若手漁師がつぎつぎ誕生中です。他の漁師の様子は以下の記事もご覧ください。
