航海の安全と大漁を願う、気仙沼「出船おくり」

航海の安全と大漁を願う、気仙沼「出船おくり」

「みんなが港で旗振って見送ってくれるあの瞬間を、俺たちは目に焼き付けんだ」

気仙沼の遠洋漁船が、長い航海に向け出港しました。漁船の出漁の時、乗組員の家族や友人、船主、関係者が岸壁から見送る出船おくりは、気仙沼の伝統的な行事です。

岸壁に集まった人たちが福来旗(ふらいき:大漁旗)を振り、船頭の好みの音楽を流し威勢良く出港する。見送る家族は色鮮やかなテープを手に、航海の安全と大漁を願います。

約1年間の洋上での過酷な漁を終えた漁師が、ふとこぼした一言。

「旗を振って見送られるあの景色を、海の上で何度も何度も思い出して、それを活力にしている」

 

時代で移り変わる 出船おくり

遠洋マグロ漁船は、南太平洋、南大西洋、北大西洋、北太平洋、インド洋など、世界主要漁場を1年近くかけて航海。命がけでマグロを追いかけています。

8月半ばには、北海道沖へと向かうサンマ船の一斉出船おくり。大型のサンマ船は資源を守るため解禁日が決まっているので、一斉に出港します。船体から左右に張り出したサンマ集魚ライトを照らしながら港を離れていく姿は壮観。出船おくりは、気仙沼が<海とともに生きる>ことを実感する瞬間です。

時は昔、遠洋漁業が右肩成長だった頃は気仙沼の港内は船で溢れ、毎日のように出船おくりをしました。やがて外国人乗組員が増え地元漁師が減ってくると、見送る家族の人数も減り、静かに見送るようになりました。

 

港町の象徴、気仙沼出船おくり

しかし、地元のホテルや旅館業、水産加工業の女将さんを中心に地元女性が集まる<気仙沼つばき会>の呼びかけで、出船おくりは長い航海に向うすべての乗組員をみんなで見送る現在の形に変わっていきました。
それぞれの季節を告げる、マグロやカツオ、サンマ、メカジキ―――。
乗組員みんなが再びこの気仙沼に元気な姿で戻ってくることができますように。

気仙沼で遠洋マグロ漁業一筋の船会社社長は、「海に出て一番大変なことをやっているのは漁師さんだけど、漁師だけがこの業界を支えているわけではない」と言います。

「漁師さんだけでも、船だけあっても、漁業は成り立たない。漁師さんだけが漁業者ではなく、そこに関わる全ての人が産業を支えています。例えば、マグロ船が気仙沼で次の出港の準備をするのにも、船の整備や検査をし、時には船の修繕や工事をし、長い航海のために日用品や食料を積み込んでくれるいろんな人がいてくれて、はじめて遠洋マグロ漁業という商売は成り立つのです。気仙沼は、遠洋船や近海船、サンマ船などいろんな船があり、その上に養殖業も盛ん。漁師さんだけでなく、水産業を陸上で支えるプロ意識を持つすべての業種が揃って、はじめて港の機能は成り立ちます」

 

気仙沼の老若男女さまざまな人が集まり、航海の安全を自分事として見送る出船おくり。震災後には漁業者と一緒に、訪れた観光客も貸し出された小旗を振って見送るようになりました。今では、日常でありながら特別な意味がある出船おくりに参加できることが、港町・気仙沼を体感できる観光の目玉になっています。

 

出船おくりの日――。
出港する船には、たなびく大漁旗。
色とりどりのテープが陸との名残を惜しむように、漁船と見送る人を繋いでいます。

母の胸に抱かれた小さな男の子が泣きじゃくりながら「パパ〜!がんばって〜!」と、声をかぎりに叫んでいる。お姉ちゃんは、母のシャツの裾を握りしめ顔をうずめ……。

船が小さく見えなくなるまで、
旗を振る人が自分一人になっても、
「いってらっしゃいー!!!」と大きな声で見送る若い女性がいました。
「だって、私の声でがんばることができる人がいるなら、全力で見送りたいから」

船は彼女に応えるように、港から見えなくなるまで汽笛を鳴らし続けていましたーー。

※気仙沼つばき会:2009年4月、気仙沼つばき会発足。気仙沼の基幹産業である漁業のP Rを女性目線で発信。『出船おくり』や『漁師カレンダー』で漁師にスポットを当て、町の魅力を発信しています。出船おくりの時に岸壁に行くと、大漁旗をあしらった小旗を配っています。ぜひ、気仙沼の出船おくりを体験してください。

 

海潮音(みしおね)
作曲 工藤 霊龍
作詞 金森 政昭

赤、白、黄色、青 大漁旗がよ
潮風にたなびいて 船出を待っている
金波、銀波を乗り越えて 海の男がよ
夢追い掛けて 七つの海へ

赤、白、黄色、青 五色のテープがよ
水面に煌めいて 出船だ いざ行かん
安波、亀山遠のいて カモメに見送られ
魚影を追いかけて 沖へと漕ぎ進む

赤、白、黄色、青 七重の虹抜けて
夢追う男には 海は宝箱
沖の潮音の子守唄 今宵も夢見るは
母の笑顔とふるさと気仙沼

 

(文=藤川典良 撮影=Funny!!平井慶祐)

取材は2020年6~10月に行いました。

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