漁協と浜と未来と

漁協と浜と未来と

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水産業の未来をつくる「TRITON PROJECT」には、共に支えてくれる頼もしい仲間がいます。今回は、若手漁師たちの兄貴的存在、宮城県漁業協同組合石巻地区支所職員の三浦雄介さんのお話を紹介します。

漁業者がいるから漁協がある

「漁協」という言葉を耳にしたことがあっても、実際のところどういうことをする仕事なのか、わからない人のほうが多いかもしれません。「漁協」とは、「漁業協同組合」の略です。

海は、田んぼや畑と違って共有財産なので、みんなで協力して争いのないように、協同で有効活用しています。その事務作業を担当するのが我々漁協職員の仕事です。組合員である漁業者のみなさんが自然相手の海の仕事に専念出来るように、漁業権のこと、漁場の整備や水揚げ、出荷の管理、牡蠣処理場のようにみんなで一緒に使う施設の運営を行っています。

つまりは、漁業者の方がいなければ、僕たちの仕事は必要ないんです。自慢の素晴らしい海産物を、全国のみなさんに届けるために、僕たちは常に漁業者のみなさんと日々汗を流さなきゃダメだと思っています。

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石巻地区支所は、宮城県にある30の支所うちのひとつで、養殖漁業が盛んな大小様々な浜が連なる牡鹿半島の中にあります。

ここは昔から漁業に携わる人々が多く、海のある生活が当たり前な場所です。入り組んだ地形や低水温を活かした牡蠣養殖が盛んで、季節ごとには、コウナゴ漁やナマコ引き、タコ籠漁などを行っていますし、定置網漁などの多くの魚種が獲れる漁業もあります。

そんな豊かな海と共にある牡鹿半島ですが、漁業者の数は年を追うごとに減り続けて来ました。三陸沿岸部に大きな被害をもたらした東日本大震災の影響も大きく、今も人口が減り続けています。このままでは10年後、今の漁業の形を続けていくことも、浜の生活が続いていくことも難しくなって来るかも知れません。

 

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でも、悲しい現実だけでは無いんです。

震災後に漁師の数が減り、ひとつの浜だけでは牡蠣処理場を再建出来ないという浜がいくつかあったんですが、今まで別々だった隣の浜の漁業者さん同士が協力してひとつの牡蠣処理場を再建した例があるんですね。これは実は凄いことなんですよ。浜と浜っていろいろありますから(笑)。このとき、「漁師の仕事を諦めたくない。何とかしよう!」というみなさんの力強さを肌身で感じました。

きっと海のすぐ近くで育ち、海の仕事に誇りを持って生きて来たからでしょうね。今、この地域の水産業は少しずつ形を変えながら、未来を見据えた新しい動きが生まれようとしていると思います。

 

混ざり合う力で想像する未来

 

今までは震災後の復旧復興作業の中で、水産業の担い手不足に対して、漁協としてこれからどうして行けば良いのだろう?と迷っていました。なかなか具体的な動きも取れていなかったんですが、石巻市が「水産業担い手センター事業」を立ち上げることになり、住まいの確保や短期研修プログラムを行っていくという話をフィッシャーマン・ジャパンさんから聞いたとき「これはやらなければ!」と思いました。

 
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しかし、こればかりは漁業権のこともありますし、漁業者のみなさんの深い理解や協力がなければ絶対に出来ないことです。短期研修プログラムだってただの体験ツアーになってしまってはダメです。漁業に魅力を感じて貰い、漁業者が増えて行くキッカケにならないといけない。

そこで漁業者さんたちと改めて担い手不足という課題について、相談を重ねました。すると、やはり強く浜や漁業の未来に対して課題意識があるということが分かったんです。今までなかなか改まってという機会も無かったのですが、我々よりもその想いは確かだと感じました。「よし!同じ目的意識を持った仲間がいる。」そう思えましたね。さらに、行政や民間団体とも一緒になって多くの力がうまく混ざり合いながら、この地域の水産業の未来の形を一緒につくって行きたいと思うようにもなりました。

ひとつの海を守っていく仲間

きっと最初のキッカケはいろんな理由があっていいんだと思います。

海が好き。釣りが好き。

自分の手で海産物を育ててみたい。やりがいのある仕事がしたい。

やっぱり自然の近くで暮らしたい。

まずは現場を見に来て、体当たりでチャレンジしてみて欲しいですね。浜ごとに長い時間をかけて育まれてきた文化や習慣に戸惑うこともあるかも知れません。人間関係や、ここでの暮らしに慣れるまで時間がかかったりもするでしょう。大自然と共存しながら生きていく漁業の大変さを目の当たりにすることもあると思います。けれど、不安があるのは我々にとっても、漁業者のみなさんにとっても同じです。今まで外からやって来る人を積極的に受入れたりはして来ませんでしたからね。みんな一年生なんです。

ただ、水産業に携わりたいと思ってくれる人の存在は、漁業者さんにとっても、我々にとっても何モノにも変えがたい素晴らしい刺激になることは間違いありません。漁業の仕組みや制度のことは、我々にいつでも相談できますし、時間をかけて伝えて行きます。海の知識や技術は漁業者さんたちが時に厳しく、時に優しく教えてくれるはずです。言葉足らずかも知れませんけど(笑)。

ゆっくりと時間をかけながら、漁業をもっともっと深く理解して貰って、楽しさも厳しさも知ってもらって、ゆくゆくは誇りを持って海の仕事へ出ていく一人前の漁師になって欲しいです。ライバルとして、浜の未来を共に描く仲間として、この場所に根付ける様に、みんなでサポートしていきたいと思っています。浜で漁業を生業にするということは、お互いに助けあい支えあってひとつの海を守っていくということですからね。
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共に混ざり合って、ひとつの新しい水産業の形をつくっていきましょう!

(取材=2016年3月/写真=平井慶祐、文=島本幸奈)
※この記事は、小冊子「TRITON PROJECT」より転載しました

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