第9回 漁師の仕事を知る、短期研修プログラム「TRITON SCHOOL-牡蠣養殖編-」

第9回 漁師の仕事を知る、短期研修プログラム「TRITON SCHOOL-牡蠣養殖編-」

漁師になりたい!漁業の現場を見てみたい!
そんな人へ向けた1泊2日の漁業体験「TRITON SCHOOL」。
石巻市、宮城県漁業協同組合石巻エリアの各支所の協力のもとで開催しているこの海の寺子屋も、今年で3年目を迎えました。

これまでの参加者のうち4名の若者が、石巻で漁業就業を果たしています。
また、開催後に担い手の受け入れを決意した漁師もいます。

「TRITON SCHOOL」は、漁師のリアルな仕事現場を見て、体験して、感じてもらう、きっかけの場所。そして、漁師たちにとっても新世代のフィッシャーマンを育てる意義を感じてもらう、はじまりの場所です。

私たちがこの海の寺子屋を通して体験してほしいのは、漁の豪快さや、船の上の爽快感だけではありません。
基本となるロープワーク、地道な陸の作業や力仕事、凍てつく寒さの中で行われる早朝の水揚げ--決して楽ではない、漁師の世界を余すことなく体験してもらいたい。
「TRITON SCHOOL」は、さまざまな立場を越えて、みんなで漁業と向き合う特別な2日間です。

ここでは、約1年ぶりに開催された「TRITON SCHOOL」の様子をご紹介します。

1日目(2019年11月30日)

冬の澄んだ青空のもと、第9回目となる「TRITON SCHOOL」が開校しました。
今回の舞台は、牡鹿半島にある牧浜・竹浜。
2年ぶりに宮城県漁協石巻市東部支所管轄の浜での開催となります。

メイン会場となるのが、牧浜竹浜かき共同処理場。
剥き牡蠣出荷の最盛期を迎え、総勢12軒が競い合うように牡蠣剥きに勤しんでいます。漁業の繁忙期に開催するのも、漁師学校ならではの試みです。

会場に着いた参加者は自己紹介をし、さっそくカッパに着替え開始。
参加者は5名。下は18歳から上は46歳まで。全員関東からの参加です。

まず最初に見せてもらったのが、剥き終わった牡蠣を洗浄する「階段式洗浄機」と呼ばれる装置です。

きれいに剥いた牡蠣ですが、この時点ではまだ殻の破片や汚れが付着しています。
せっかくおいしい牡蠣を作っても、この余分なものがついているとクレームになってしまうので、きれいに洗浄しなくてはなりません。そのときに活躍するのが、流れるプールのようなこの装置。階段のように段差になった小さな敷居を牡蠣が流れることによって、余計なものが下に溜まり、牡蠣の身だけがきれいになる優れもの!参加者は初めて見る装置に興味津々。

仕上げに5℃以下の冷水でもう一度牡蠣を洗い、10kgごとの専用の容器に入れ、冷蔵室に入れれば出荷準備完了となります。

出荷の流れを学んだあとは、早速、漁師のもとで体を動かします。
今回講師を務める漁師は4名。牧浜・竹浜のリーダーであり、ムードメーカーの漁師たちです(左から阿部輝喜さん、平塚伸佳さん、武田喜一さん、佐藤清之さん)。

この日のために何度も打ち合わせを重ね、「どんな子が来るかな?」と心待ちにしてくださっていました。

まず体験するのは、番子(ばんこ)と呼ばれる剥き場の外の仕事です。
番子とは、いわば剥き子さんのサポート役。
作業台の上の牡蠣が少なくなったら次に剥くための牡蠣を用意し、剥き終わった殻が溜まって来たらカゴを交換してあげます。

漁師たちは万丈カゴいっぱいに入った牡蠣を軽々持ち上げますが・・・参加者は、腰の高さまで持ち上げるのがやっと。重たいものは、40kg近いものもあるそうです。
体が資本の漁師にとって、体を傷めずに力作業をすることは大事なこと。
上手な体の使い方など漁師たちからアドバイスをもらいます。

それぞれの漁師のもとであくせく作業をするうちに、ひとり、またひとりと剥き場の中へ呼ばれはじめました。

一生懸命な参加者の姿に心を打たれた(?)のか、翌日やる予定だった牡蠣剥きの指導が開始。スケジュールが変更になるのも、漁師学校の醍醐味。

「どこから来たの?」「漁師になりたいの?」「牡蠣は好き?」と質問攻めにあいながらも、剥きやすい牡蠣の選び方やナイフのさし方、手首の返し方と、アドバイスを受ける参加者。お母さんたちも一緒になって剥き方を教えていきます。
次から次へと小気味よく牡蠣がボウルに入れられる横で、参加者はひとつひとつの牡蠣をゆっくり、丁寧に剥いていきます。
剥き場の緊張感やスピード感を味わえるのも、繁忙期ならではの体験です。

番子・牡蠣剥き体験を2時間ほど行い、ようやくお昼休憩。

漁協職員と一緒にお弁当を食べる参加者から、「漁協ってどういうことをする仕事なんですか?」という質問があがりました。
販売、信用、共済、手続き関係・・・漁協はいわば、漁師のマネージャーです。その合間を縫って、石巻市東部支所が力を入れていることのひとつに「担い手育成」があげられます。

若手職員の高橋隆太さん(28歳)は参加者に向かって言います。

「漁師がいないと漁協も成り立たないし、漁協がないと漁師も困る。だからこそ、次の世代の漁師を育てていかなくちゃいけない。もしこの中で漁師になりたいっていう人がいたら、ぜひ東部支所の組合員になってください!」

漁師の仕事を学ぶ場で、漁協職員と交流できるのも「TRITON SCHOOL」ならでは。彼らは普段から、県外から漁師を目指してやってきた「ヨソモノ」そして「漁師の家の子供ではない若者」を見守り、親方漁師とともに一人前の漁師に育てるサポートを行っています。
漁師のいちばん近くにいるからこそ、漁師の仕事を理解し、浜や海の状況を把握し、常に先を見越した行動をとるーー心強い「陸のフィッシャーマン」なのです。

午後はお待ちかねの海での作業。牡蠣の水揚げに出航。
番子をした漁師の船にそれぞれ乗り込み、養殖筏へ向かいます。

漁師たちは漁場につくと手際よく、牡蠣のぶら下がったロープを機械で巻き上げていきます。固まってくっついた牡蠣は次々とバラされ、回転するドラムの中で洗浄されます。万丈カゴいっぱいになったら、すばやく新しいカゴと交換。船がカゴでいっぱいになるまでこの作業を繰り返します。

初めての海の上での作業に緊張気味だった参加者も、万丈カゴの交換や牡蠣を運ぶ作業など、自分ができる仕事を見つけて動き始めます。

和やかなムードの午前中とは一変。海の上では常に危険がつきもの。
機械のそばではお互いの声が聞こえないこともあるので、ついつい声が大きくなることも。漁師の地声が大きい(ついでに携帯の呼び出し音も大きい!?)ことにも納得です。

出港から1時間ほどで水揚げが終了。
日が傾きはじめた海を、牡蠣をいっぱいに積んだ船が港を目指して戻っていきます。その日水揚げした牡蠣は、タンクに入れ、一晩かけて浄化します。

漁師たちの本日のお仕事はここで終了ですが、参加者はここでもうひと学び。
カッパを着替え、本日最後の授業が行われる会場へ。

最後は石巻市東部支所にて、阿部支所長と高橋職員による座学です。
改めて、ここ石巻市は牡蠣の一大生産地。
県内の牡蠣の生産量の半数は、宮城県漁協石巻地区支所、石巻湾支所、石巻市東部支所の3支所で占めています。
2018年4月、この3つの支所で養殖版海のエコラベル「ASC認証」を共同取得しました。

ASC(Aquaculture Stewardship Council: 水産養殖管理協議会)とは、海やそこに住む生物を守るために、環境に配慮した養殖方法であると証明されたものです。ASC認証のマークがついているということは、安全安心な水産資源であるということの証。取得するためには、環境への負担がかかっていないかということだけでなく、働くひとの労働環境や地域への配慮など、さまざまな分野での調査があります。

参加者は、取得に至った背景や、取得することで見込めるメリット、準備期間から現地調査に至るまでの話などを資料をもとに学びました。持続可能な漁業を目指す注目の取り組みということもあり、質問が飛び交います。

高齢化、担い手不足、漁獲量の減少。
漁業が抱える問題はたくさんありますが、それに悲観してなにもしないのではなく、地域の漁師と一緒になって挑戦しようとする姿は、これから新しく漁業の現場に携わりたいと考える参加者にとって良い刺激になったのではないでしょうか。

座学を終えた一行は、宿泊先である民宿「めぐろ」へ。
早速お風呂に入り、1日の疲れを癒します。漁師も合流し、宴会の開始です。

魚を中心としたおいしい料理とお酒をいただきながら、漁師のよもやま話を聞いたり、人生相談をしたり、和やかに会は進みます。
参加者一人一人から今日の感想を発表してもらっていると、今まで黙っていた漁師の武田さんが挙手をし、自分からも一言話させてくれと立ち上がりました。

「漁師学校に参加する人ってどんなもんなんだべって思ってたんだけど、最初に挨拶したときに、あ、この子たちは違うって思った。目がキラキラしてた。本当に漁師の仕事やりたくてきたんだって。これはちゃんと教えなきゃないなと。動き見ててもわかる。俺たちもがんばらないと」

改めて1日の作業を労い合い、明日も頑張ろうと士気が高まる一行。
宴会は夜半まで続きました。
一期一会。こういった縁も大事にしてもらえたらうれしいものです。

2日目(2019年12月1日)

朝6時30分、宿を出発。
浜に着くと、すでに漁師たちが船の準備をしていました。

この日は定置網漁に行く予定でしたが、風が強いため中止。
武田さん、佐藤さんの船に分かれて乗り、漁場見学に出かけます。

まずは浜からほど近い場所にある抑制棚の見学です。

牡蠣を育てる原盤は、ホタテの殻。
ホタテの殻に穴を空けて連結したものを海にぶら下げ、牡蠣の赤ちゃんを付着させます。牡蠣の産卵期は8〜9月頃。「採苗」と呼ばれるこの作業を、地域の漁師たちで協力して行っています。

そして、付着した牡蠣の赤ちゃんを育てていく作業で欠かせないのが「抑制」という工程。
浅瀬に打ち込んだ棚に牡蠣を吊るすことで、潮の干満差を利用して強い種だけを残していきます。

「抑制」をしながら育てた牡蠣の赤ちゃんが付いた原盤を、春先にロープに挟み込み、外洋でさらに大きく育てるというのが収穫までの流れです。牡蠣が出荷されるまで、実に2年半ほどかかります。多くの作業と手間がかかることを改めて学びました。

一行はぐるりと荻浜湾を一周し、阿部さんが待つ海の生け簀へ。
ここで定置網で獲れた魚の一部を生かしています。
網を寄せ、タモを使って少しだけ魚をすくわせてもらいます。

獲れたのは、立派なウマヅラハギ。
ウマヅラハギは、皮と鱗が一体化しているので、皮ごと一緒に剥ぎ取ります。
最初はおそるおそる剥いていた参加者も、最後は豪快に皮を剥けるようになりました。

浜に戻ったら、漁師の奥様による魚のさばき方講座。
「私も最初はさばくの苦手だったのよ」と言いながら、お刺身用、あら汁用と無駄なく切り分けていきます。
魚をさばくのは初めてという参加者も、見よう見まねで挑戦。
2日間を通してすっかり仲良くなったのか、参加者同士で教え合う姿も見られました。

ここで改めて、牡蠣剥き体験が行われました。
牡蠣剥きがお休みの日ということもあり、みんなで剥き場に一列になって、牡蠣剥きスタート。昨日のお礼にと、漁師たちが番子になりながら指導にあたります。

コツを覚えたのか、黙々と牡蠣を剥いていく参加者。

「そろそろ終わりですよ〜」というスタッフの声にも、「あと1個」「もう1個だけ」と納得いくまで剥き続け、ボウルいっぱいに剥いた牡蠣は、洗浄し、ロケット袋に詰めてお土産に。
2日間がんばった参加者へ漁師からの粋なプレゼントになりました。

浜での最後の授業はロープワークです。

船を結ぶときや養殖物を海にぶらさげるときなど、さまざまな場面で登場するロープワークは、漁師の仕事に欠かせない技のひとつ。
参加者も早速挑戦しますが、これが実際にやってみるとなかなか難しい・・・
漁師から合格点をもらえるまで何度も挑戦します。

こちらも白熱した授業となりました。

浜での授業を終え、お昼の会場である竹浜集会所へ。

見たことのない牡蠣フライの量に驚く一同・・・
漁師の奥様方が腕によりをかけて、地元の牡蠣や魚をふんだんに使った料理を作ってくださいました。

牡蠣フライに牡蠣めし、牡蠣炒めといった牡蠣づくしはもちろん、赤皿貝の煮付け、鯖の味噌煮、カニ汁とあら汁(なぜか2種類!)、そしてみんなでさばいた魚もお刺身で登場。

「こんな料理がいつも食べられるなんて・・・漁師さんはいいですね」という参加者の言葉に、「いつもはこんなに作らないわよ(笑)!」と奥様方。

笑いが絶えない、温かい昼食会となりました。

2日間の締めくくりは、ワークショップです。
漁師になる・漁業に携わるということを仮定し、今後の人生設計を立てていきます。
もちろんひとりで考えるのは難しいので、漁師をはじめとするスタッフがアドバイスにあたります。

独立して漁師になりたい。
世界においしい牡蠣を届けたい。
繁忙期に漁業をお手伝いするシステムを作りたい。

一人ひとりが自分の夢と、それを叶えるための計画を発表します。
できあがる計画書は十人十色。正解はありません。

2日間の締めくくりということもあり、漁師たちもそれぞれの思いを興味深く聞き入っていました。

自分たちには持ち得ない新しい考え。
漁業に対する擦れない思い。
漁師たちにとっても、この2日間でたくさんの刺激をもらいました。

「きっと、あなたなら叶えられる」

発表を聞いた漁師からは、そんな言葉も飛び出しました。

最後は、漁師から参加者へすべての授業が終了したことを証明する「終了証書」が手渡されました。

参加者にとって、今日が海の世界への入り口の日。
これからそれぞれの日常に戻って、何を考えるのでしょうか。

「こんな遠い浜まで来てくれてありがとう」
「これからも漁師になりたい、漁業で何かやりたいって思ってくれるのであれば、できる限り力になる」

温かい漁師からのメッセージとともに、2日間に渡る「TRITON SCHOOL」の全行程が終了しました。

バスが見えなくなるまで、手を振り続ける漁師たち。

漁師たちが振っている旗は「福来旗」と呼ばれ、船の出航の際、大漁や航海の安全を願って振られるものです(見学に来ていた気仙沼チームからお借りしました)。

「がんばれ、がんばれ」

そう呟くように、漁師たちは旗を振り続けます。

小さな集落に翻る、色とりどりの福来旗。
その姿は、参加者のこれからを応援するかのようであり、いつでもここで待っているぞと伝えているかのようでした。

1泊2日の「TRITON SCHOOL」が終わり、浜にまた日常が戻ります。
漁師たちはこの浜で、この海で、また営みを続けていきます。
いつかまた会える日を心待ちにしながら。

そして、小さな浜の静かな1日が今日もはじまります。

※次回「TRITON SCHOOL」は、2020年夏頃を予定しています。

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