残したい漁村と営みがある町 – チーム TRITON 南伊勢 –

残したい漁村と営みがある町 – チーム TRITON 南伊勢 –

複雑に入り組んだリアス海岸といえば東北沿岸部の三陸海岸が有名ですが、三重県の海岸線もリアス海岸の景観では決して負けず劣らず。西日本の陽光が海面を煌めき、青と緑のコントラストは暖かく穏やかな気持ちになります。

宮城県石巻、気仙沼で漁師の担い手育成に取り組み60名以上の新人漁師を受け入れてきたフィッシャーマン・ジャパンが次に取り組むのは、伊勢志摩国立公園内にある三重県南伊勢町。「チーム TRITON 南伊勢」が熊野灘に漕ぎ出しました。

魚のまち、南伊勢

紀伊半島沿岸東部に位置する南伊勢町。山には、温暖な気候を生かしたミカン畑が広がり、山の端迫る海岸線の総延長は245.6キロ。東西に広がる横長な町で、端から端まで移動するのに車で1時間はかかります。集落は海岸線まで迫る急峻な山に隔てられています。

良好な漁港が点在するリアス海岸の入江は、波も穏やかで養殖業には最適。真鯛やマグロ、あおさ海苔などの養殖業も盛んに行われています。中でも鯛は、町のシンボル。

可愛いゆるキャラ<たいみー>が、生まれた場所は恋人の聖地にも認定されているハートの入江だとか。町の至る所にたいみーが出没しています。

三重県で一番過疎化と高齢化が進んでいて、高齢化率は52%と町民の半分が高齢者。若者世代(45歳以下)の人数を増やす、もしくは減らさない事業が必要だと、若者移住定住事業が8年前に立ち上がり、住まい支援や地域おこし協力隊による移住定住対策がスタートしました。

若者世代は子育て世代でもあります。南伊勢町では子育て応援日本一を目指して、制度もその都度改定をしています。昨年には1人につき10万円だった出産祝い金も令和4年4月1日以降の出産から1人20万円に増額。18歳までの医療費助成や各種相談会など、子育ての不安を少しでも和らげる施策を設けています。

水産業は県内一の水揚げ高を誇り、南伊勢町の主力産業。まき網船や定置網、一本釣りなどの漁船漁業のほか、天然の良港を活かし、真珠養殖や真珠母貝養殖、ブリやマダイなどの魚類養殖も行われるようになりました。また、三重県が全国生産の約6割を占めるアオサノリ養殖も行われ、色も濃く香り豊かと高い評価を受けています。

魚のまち南伊勢町では、毎年11月に『おさかなフェスタ南伊勢』を開催(コロナ禍で現在は中止)。来場者は町外からも訪れ、多い時で4,000人ほども。その会場が、奈屋浦市場。点在する漁港の中でも一番大きく、たくさんトロ函が並び、敷き詰められた氷から覗く魚の尾鰭。多くの人がイメージする漁港がそこにあります。

 

漁業の担い手確保に立ち上がる

漁業者が少なくなっているのは顕著で、10年前と比べると漁業者の数は約40%減少。現在はまだ問題なくできている漁業であっても、10年20年後、早ければ5年後には手遅れになってしまいます。

南伊勢町水産農林課の羽根俊介さんは、「漁業衰退を止めるきっかけをつくっておかなくてはと思い、宮城県で漁師の担い手育成事業で実績のある一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン(以下FJ)と今春から事業に着手しています。以前は、漁業をしたいんですという移住希望者が来ても、漁業権の関係で難しいとお断りすることが多かったのですが、漁師の担い手育成事業がスタートして漁協の職員さんと会話する中では、比較的前向きな方が多いと感じています」

FJの南伊勢担当になった島本幸奈は、団体立上げメンバーで、担い手事業を担当する漁村活性事業部長として、「チーム TRITON 石巻」「チーム TRITON 気仙沼」にも関わってきました。同じリアス海岸を有する漁港ではあるけれど、何度と南伊勢に訪れる中で風土の違いを感じています。

「まさに南伊勢町のような漁村での生活にずっと憧れてました。海があって山もあって、小さい集落での手触り感のある暮らし。無駄なモノや情報もなく研ぎ澄まされていて、そのおかげで自然の中にゆったりと身を委ね暮らせる環境がある場所だなと感じています。
海産物を獲り育てる中で、互いに支え、支えられ生きていく。地域のコミュニティに入り込みつつ、自分のコミュニティも新しくつくっていけるような人に、この町で漁師を目指してほしいなと思います。FJとしても担い手育成だけじゃなく、流通販売に関わる部分も携われたらいいなと思い、いろいろ相談しながら進んでます」。

 

町を上げて、移住定住を推進

まちづくり推進課で若者移住定住事業をしてきたことから、町民は若者を受け入れることに前向きです。事業が始まった頃はリタイアされた方が田舎暮らしで移住してくることが多かったが、最近では子どもがいる家族連れの移住が増えています。地域おこし協力隊制度の活用も積極的に行い、現在は10名の協力隊員が町内で活動し、魅力発信に協力してくれています。

仕事の都合で住居が変わる引越しと違い、移住は土地や風土との相性もあるので、お試し移住で町の雰囲気を感じ取り、じっくり1年2年かけて決定します。そのため、移住者が相談する窓口が異動のある役場の職員がなっているようでは継続性がないと考え、役場とは別に窓口をつくりました。南伊勢町で暮らし始めた人たちと一緒につくった仕事場でも住宅でもないサード・プレイスが誕生しました。

 

自分達の手でつくる、リアルなコミュニティの場

移住定住の窓口は、協働のスペース<しごとば油屋Ⅱ>として、さまざまな人が集まる場になっています。移住定住コーディネーターは、三重のタウン誌を出版している会社で編集の担当していた南伊勢町出身の西川百栄さん(写真左)。町内出身でもあり、なおかつ漁師の娘さんでもあるので、移住定住相談の相手には適任です。

南伊勢町にはもうひとつ、町内の人々が集まる場所「うみべのいえキッチン」があります。五ヶ所湾に面した海岸沿い、ウッドデッキから眺める海は最高。海が目の前にあり、町内の事業者さんが作っている商品を出したり、イベントしたり、町外からパン屋さんがきたり、フレンチやイタリアンもやっている。うみべのいえキッチンがあることで、町に人が集まる場所ができ、いろんなきっかけづくりにも繋がっています。

うみべのいえキッチンは、愛知県から移住した西岡奈保子さん(写真右)が空き家再生の講座を受講し、その実践版として町内の移住者や地元の有志、町の職員も参加したうみべのいえプロジェクトとして、DIYでリノベーションされました。コンセプトは『車で通り過ぎる町から、歩くのが楽しくなる町へ』。みんなで作った居心地のいい地元のコミュニティ空間です。

水産業の課題と解決への道

以前、移住定住事業の担当をされていた羽根さんが水産農林課に異動し、違う視点で見えてきた課題はなんでしょう?
「漁村はもともと閉鎖的というイメージだったんですが、各浜、各漁業者はやはり漁業に対して課題意識を持ってる方はいらっしゃって。自分達の時代じゃなくなってきた、次の世代に引き継げるうちに繋いでいけこうと思っている方は少なからずいるのかなと思います。

しかし、人材確保や育成だけでは不十分で、漁業が経済的に回っていく必要があります。市場出荷が基本ではあるけれど、今後の時代を見据えると輸出も含めて販売や流通の促進などに取り組んでいくことも思っています」。
漁師が豊かだった時代は魚を獲ってきて、市場に入れたらそれで生活も成り立っていました。それは多くの漁村に言えることですが、南伊勢町ならではの魅力は確かにあると羽根さんは考えています。

「高速道路も、電車も走らない不便な町というのは、これからもたぶん変わらない。けれど、不便でありながらここに住み続ける意味を考えると、その魅力の一つは南伊勢町の海。住民は、豊かな自然をすでに借景として手に入れていることは幸せなことだと思うんですよ。町の魅力や価値を感じて暮らしていきたいですね。

これから漁師を目指してやってくる若者は、南伊勢の風土の中で生き抜いてくれる方をイメージしています。ひとりの漁業者として生計を成り立たせることができるプレイヤーに、南伊勢町の地域の担い手としてきてもらいたいなと思います」。

みんな愉快で明るく、ほど良い人の距離感と温かさは心地良い南伊勢町。FJは今後、ブランチ(支社・分社化)の構想も持ちながら関わりたいと考えています。

「地元の20−30代の若い世代の方達と、地域おこし協力隊、漁業の担い手と地区や浜ごとに自分は何ができるのかを考え、町全体、水産業につながっていくことをできるといいなと思っています。移住定住の体制が整っているのは強み。愉快な方達で心強い味方です」と島本はFJを立ち上げた時とはまた違った高揚感を覚えています。

地方と過疎化はよく結びつけて考えられますが、地方に限らず少子高齢化は日本全体の課題です。住居と職場の行き来で自分が住む町との関わりが少ない都会とは違い、山と海が混じり合うようなリアス海岸の美しい風景と、仕事と住まいと、人と程よい距離感が交わる豊な暮らしが、ここ南伊勢町にはあります。

 

(※1)空き家バンク制度:空き家の売却・賃貸を検討している所有者の物件情報を集約し、町内の移住定住で空き家を利用する希望者に情報提供を行う制度。

 

 

2022年7月取材・撮影
写真 平井慶祐
文  藤川典良

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