誰もまだ見ていない、未来の漁業を探し求める ―チームTRITON石巻―

世界三大漁場として知られる宮城県金華山・三陸沖の漁場は、黒潮分枝流、津軽暖流などの寒暖流が交錯し、多種多様な魚介類が生息することから水産業が盛んです。特に三陸の複雑に入り組んだリアス式海岸は、波も比較的穏やかで養殖に適した絶好の環境。愛情込めて養殖しているカキやホタテ、ワカメにホヤ、銀鮭など豊富な海の栄養素を蓄えた海産物を、多くの人が堪能しています。

東日本大震災では、当時、東洋一といわれていた石巻魚市場(宮城県石巻市魚町)の水揚げ棟が崩壊。しかし4年後の2015年には、新時代の漁業にふさわしい高度衛生管理型の閉鎖式水揚げ棟(全長867m)が完成しました。徹底した衛生管理が行えるよう用途によって、「陸揚げ」「選別」「陳列・販売」「出荷」とゾーニングされた魚市場は、年間200種以上の魚が水揚げされる漁港にふさわしく、安全性と機能性に優れています。

 

挑む!フィッシャーマン

震災をきっかけに若い漁師たちが集まり、次世代へと続く未来の水産業を提案しようと「フィッシャーマン・ジャパン」が発足したのは2014年7月のことでした。「カッコいい」「稼げる」「革新的」という“新3K”を掲げ、実行するトップランナーとして、2024年までに新しいフィッシャーマンを1,000人増やすことを目標にしています。

水産業を支えるのは、漁師だけでなく、多くの人がいます。魚屋や加工屋、料理人に、水産業の情報を発信する人たちなど、海産物がみんなの口に入るまでの仕事を担う仕事人たち。その人たちを私たちは、「フィッシャーマン」と呼んでいます。

団体のカナメとなるプロジェクトが、漁業の未来を担うフィッシャーマンを増やし育てる「TRITON PROJECT(トリトンプロジェクト)」。漁師に興味をもちフィッシャーマンになりたい人の経験や相談内容をヒアリングし、適切な求人情報やプログラムを提案。漁業の形態や受け入れる漁師に合わせてマッチングし、見学や面接、研修を手配。実際に漁師の道へ進む決断をしたら、住む場所を見つけるお手伝いもします。

 

敏腕女子マネがサポート

東北の浜を駆け回る“フィッシャーマンの女子マネ”の一人が島本幸奈。フィッシャーマン・ジャパン立ち上げメンバーとして彼女に課されたミッションが、漁師の担い手を増やすことでした。

「魚を食べるのは好きだったけど、私たちが普段口にしている海産物を、漁師さんたちがどれだけ手間をかけて、真心を込めて獲っているのかは知りませんでした。実際に漁船に乗せてもらい間近で見て、こんなに大変な仕事なんだと知った以上、その漁師さんの漁業にかける熱意を届けていきたいと思って。

漁師の担い手を増やすため、2015年にフィッシャーマン・ジャパンはTRITON PROJECTを始動。その頃、石巻市でも漁師の高齢化と担い手不足を問題視していました。その後、フィッシャーマン・ジャパンは石巻市より水産業担い手センター事業を受託することができ、担い手の育成で行政とのタッグが実現しました。

 

水産業の未来を支える漁師の兄貴分

「この事業を進めて行く上で欠かせない存在なのが漁協職員さん。彼らは普段から漁師さんに近いところで経済状況をきちんと把握していて、雇用についての可能性も検討してくれる。担い手たちが独り立ちするにあたって、何が漁業者として必要かを教えて一緒に計画を立ててくれたりもします。石巻市の担い手事業を共同で始めた石巻地区支所の職員さんたちが『浜の未来を守るのは俺たちの仕事』といってくれたのは心強く、彼らの存在はとても大きいですね」

宮城県漁業協同組合石巻地区支所職員の三浦雄介さんを始め、漁協職員のみなさんは若手漁師たちの兄貴的存在です。

「組合員である漁業者が自然相手の海の仕事に専念出来るように、事務作業を担当するのが我々漁協職員の仕事です。漁業に就きたい、水産業に携わりたいと思ってくれる人の存在は、漁業者さんにとっても、我々にとっても何者にも変えがたい素晴らしい刺激。まずは現場を見に来て、体当たりでチャレンジしてみて欲しいです」

現在では、石巻地区支所、石巻市東部支所、石巻湾支所、雄勝湾支所、寄磯前網支所の5つの支所と一緒に、石巻市水産業担い手センター事業を行なっています。

 

漁師のリクルートサイト「TRITON JOB」と新人漁師の住まい「TRITON BASE」

漁師になりたい、と思ったら、水産業に特化したリクルートサイト<TRITON JOB>で漁師の求人情報を要チェック!。浜での暮らしや漁師のボスである親方の人柄やこだわりもわかるようコラムという形で求人情報を掲載しています。

気になる浜での住まいは、<TRITON BASE >へ。TRITON BASEは、水産業の未来をつくる新人フィッシャーマンが最初に住むシェアハウスであり、新世代のフィッシャーマンたちのための「基地」です。 せっかく若い人がきて、漁師になりたい! と思っても、浜にはほどよいアパートもなく、単身で住める家がありません。 そこで空き家を改修、シェアハウスとして活用し、現在8箇所のTRITON BASEを運営しています。

浜で暮らすことで雰囲気にも早く馴染み、コミュニティに溶け込むことができます。 近所のお母さんから夕飯のお裾分けをいただいたり、別のTRITON BASEから他の担い手が遊びにきて交流したりと、微笑ましい光景がみられることもしばしば。

海の神様を大切にする漁師たちは、年に一度のお祭りを大切にしています。お祭りに新人漁師たちも参加し、白装束で神輿を担ぐ様はなんとも凛々しくかっこいいのです。 最近では短期で働きにくるフィッシャーマンが滞在することもあり、このTRITON BASEがあることで、漁師の世界に飛び込みやすくなっています。 求人情報も、浜での暮らしも、しっかりサポートします。

漁業体験「TRITON SCHOOL

1泊2日の漁業体験・海の寺子屋「TRITON SCHOOL」は、漁師のリアルな仕事現場を見て、体験して、感じてもらう、きっかけの場所。そして、漁師たちにとっても新世代のフィッシャーマンを育てる意義を感じてもらう、はじまりの場所です。

年2-3回ある本イベントは、現役のフィッシャーマンが海の先生として現場実習を行うほか、地域の人と参加者が触れ合う機会作りという一面もあります。担い手事業をやっていること、実際に漁師になりたい若者がいる事実を地域の人たちに知ってもらうことも目的の一つになっています。

「このTRITON SCHOOLを通して体験してほしいのは、漁の豪快さや、船の上の爽快感だけではありません。基本となるロープワーク、地道な陸の作業や力仕事。凍てつく寒さの中で行われる早朝の水揚げは、決して楽ではありません。漁業の繁忙期に開催するのも、実践的な漁師学校ならではの試みです。受け入れる漁師たちにとっても、2日間の漁業体験はたくさんの刺激をもらえる場になっています」

今後開催される「TRITON SCHOOL」にも、素敵な出会いが待っていることでしょう。

 

親方の覚悟

三陸地方では、震災を経験し、浜を離れた人も多いことから浜全体に人が減り、過疎化も進んでいます。その中で漁師を増やしていこうという「TRITON PROJECT」は、漁師や漁協が痛感していた後継者不足という共通の悩みに合致しました。しかし、新規参入者以上に、受け入れる漁師にも覚悟が必要です。

「担い手を受け入れたいって手をあげてくれた漁師さんの求人票をつくる時に、採用条件を書かないといけないんですよね。これまでは繁忙期に親戚や知人が手伝いにきてくれてバイト代を払っていたのが、担い手を通年雇用するとなると月々の給料を固定で払わなければいけません。水揚げのない期間も月々一定の賃金を払うには、それなりの費用がかかってきます。人手は増えるけれど、同時に水揚げも増やして養っていくことは可能なのか……。そこで、親方は1回目の決断を迫られます。そして実際、問い合わせが来て目の前に就業希望者が現れ、面接・研修を進めていく中で、担い手を受け入れることに対して、親方自身も覚悟を決めなければいけません。人を育てるのはすごく大変なことだと思っています」

 

個性豊か、集う新規漁師たち

後継者不足に危機感を抱いていた石巻市と、担い手育成の運営に携わるフィッシャーマン・ジャパンが手を組み、受け入れ体制を整えていこうとしていた矢先、一人の若者が漁師の道を模索していました。現在、牡鹿半島にある蛤浜(はまぐりはま)で牡蠣養殖漁師の道を選んだ大野立貴くん(当時27歳)です。

調理師専門学校を卒業後、地元ホテル内の中華料理店に就職。もともと一次産業に興味があり食材への尽きぬ探究心から、北海道で畜産の仕事に4年間就いた後、漁師の道を目指して石巻にやってきました。

石巻地区支所の三浦さんが奔走し、兼ねてより独立を目指す若者を育ててみたいと話していた亀山秀雄さん(蛤浜で唯一の牡蠣漁師)に相談をしたところ、受け入れを快諾!しかし、親方である秀雄さん、最初は全然しゃべってくれなかったそうです。

それでもめげず、慣れない海の仕事に苦戦しながら、1年が過ぎた頃、秀雄さんが「(牡蠣の養殖棚を)半台分やってみろ。俺は面倒見ないからな」と……。寡黙で多くを語らない親方の秀雄さんでしたが、大野立貴くんの漁業に取り組む姿はしっかり見ていてくれたのです。

「いろんな人にサポートしてもらって、今の自分がある。これからは本当に自分の力が試される。周りにも認められるように、しっかりやっていきたい」と大野くん。2019年9月に正組合員(区画漁業権)の資格を取得しました。

 

地域に溶け込む

雄勝湾にある小島地区で、ホタテや銀鮭などの養殖業を営む佐藤一さん(以下、はじめさん)のもとに、TRITON SCHOOLの講師の話が舞い込んだのは、2017年初夏のこと。そこに参加していたのが、大阪生まれの三浦大輝くん(当時22歳)。その年の春に大学を卒業し、証券会社に勤務しましたが、「何かが違う」と違和感を感じ、1ヶ月で退職、漁師への扉を叩きました。

しかし……、「彼の印象?正直薄かったですね。もしかしたら参加者5人の中でいちばん印象にないかも」と、三浦くんに対するはじめさんの第一印象。

「とりあえず現場を見てみようと思って漁師学校に参加したんですけど、はじめさんの話聞いてたら、いろんなことやってるし、すごいなぁ、この人のとこで働きたいなぁって。直感です」

親方となったはじめさんが三浦くんに一番最初に教えたことは「毎日元気に挨拶をしなさい」。いまでもきちんとこの教えを守り続けています。青年部の活動や地域のサークル、お祭りなどにも積極的に参加し、地域に溶け込もうとします。一方地域の人たちも、素直で明るい三浦くんを少しずつ受け入れ、今ではすっかり愛されキャラになりました。

2019年2月。三浦くんは、地域の推薦を得て、准組合員(共同漁業権)の資格を取得しました。

 

次は、育てる姿を見てみたい

宮城県石巻市沢田地区で、海苔養殖を営んでいるの千葉勝(まさる)さんも、新人漁師を受け入れた親方の一人。宮城県漁協石巻地区支所で海苔養殖を営むのは、千葉家たった軒のみ。たった1軒だからこそ、「いつか若い人と一緒に働いてみたい」という思いを募らせてきました。

2017年夏、全国漁業就業者確保育成センター主催で開催された就業フェアに参加していた磯島雄大さん(当時21歳)が、勝さんの元にやってきました。しかし彼は、「なんとなく」インターネットで漁業を調べるうちに就業フェアのことを知り、会場に足を運んでみたのだとか。

続かないという周囲の心配をよそに勝さんは、「この子は大丈夫」という確信が強くなっていきました。

「海に行ったら音(ね)をあげるのかなと思ったんだけど、めげない。それを見ていたら、自分も変な格好を見せられないんだよね。そこまでやって来るんだったら、自分はもっと頑張らないと、って」

今ではともに切磋琢磨しあい、親方と弟子という関係を超えて、友達のような、ライバルのような、そして家族のような関係を築いています。そして、昨年高校生の漁業研修を受け入れたことをきっかけに、雄大さんこと「ユウ」くんの弟分となる、ふたり目の担い手がほしいと思案するようになったのです。

「今度はユウが育てる姿を見てみたい。その子と段取り組んで、協力しあって仕事するっていう。きっとそれでまた、俺も刺激をもらえるはず」

漁師のイロハもわからず、それでも魚介類を食べるのが好きで、海が好きで、漁師に憧れて浜にやってきた新規参入者たち。日々、親方に怒られ鍛えながらも、黙々と仕事に打ち込む姿は、周囲を変えていきました。弟子がいるならもう少しがんばれると事業を拡大する親方、担い手たちの頑張りを見ていた周囲の漁師から次々と求人募集の手があがりました。そして何より、浜全体が明るく活気に溢れていきました。

それは小さな波がいくつも重なり、やがて大きな波になるように……。

 

GO! GO! TRITON PROJECT

「TRITON PROJECT」を通じ、これまで41人就業し、22人がそのまま漁師を続けています。そのうち1人が正組合員、2人が准組合員の資格を得ました。新規参入者への漁業権の認可はまだまだ消極的な風潮がある中での組合員取得の意義は大きく、後に続く新規就業者の大きな励みになります。

漁師や地域によって、求める内容は違います。その要望を細やかに聞き取り、それぞれの希望にあった漁師と担い手を繋ぐ「T R I T O N P R O J C T」を束ねる個性豊かな女子3名。何にも体当たりで臨み漁師たちに愛される島本幸奈、担い手や親方のことを考え丁寧なマッチングを心がける高橋由季、面倒見がよく誰よりも海を愛すサーファーの木村綾子。

担い手たちにとっては、まるで母親のような存在です。

安心して、漁師への扉を叩いてみてください。

「漁師になりたいと思ってやってきた若い子たちが、正組合員や準組合員の資格取得や船を持ったという報告もうれしいけど、小さな心温まるエピソードが人づてに聞こえてくるのが何よりも嬉しいし、やりがいを感じますね。漁師さんや漁協、地域の人らみんなを巻き込んでいるからこそ、それぞれが繋がっていると感じる瞬間です」

今日も明日も、漁師と漁協と新規就業者をつなぐため、女子マネたちは浜を駆け回っています。

 

2014年のフィッシャーマン・ジャパン立ち上げから6年。

積み重ねてきた実績が認められ、気仙沼や他の地域へ……

親方と担い手が紡ぐ、誰もまだ見ぬ未来の漁業。

海が世界と繋がっているように、石巻を拠点に、まだまだ広がりを見せ始めています。

(文=藤川典良 撮影=Funny!!平井慶祐)
※取材は2020年6月に行いました。

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